大井川通信

大井川あたりの事ども

教育

『教師崩壊』 妹尾昌俊 2020

公教育の現状の全体について、バランスのよい説得力のある議論を示している。誰もが気楽に手に取ることができる新書版では、ほとんど初めてのことではないか。 データとファクトに基づいて議論をすすめているが、特別な情報を使っているわけではない。少し注…

ある教育メソッドの謎

今は、子どもたちに、協働して一つのことを考えさせたり、話し合いを通じて新しいことを発見させたりする授業がはやっている。これからの時代は、そういう学びの力が必要になるからだという。 そのための授業づくりの手法として、こんな形式的なやり方がある…

論理的ということ(その7:作文と大井川歩き)

日本人が例外的に論理性を身につけるための、ほとんど無意識に行われている方法について書いてきた。今回の発見はこれだけなのだが、ここで終わってしまっては、僕の作文らしくないだろう。 獲得したものは、失われていく。どんなに論理を誇った人も、やがて…

論理的であること(その6:広松少年)

理路整然と、論理的に話せる人に対しての疑問から始まって、あれこれ書き綴ってきた。他の人から見れば、もしかしたら僕自身も理屈好きな人間に見えるのかもしれないが、僕は、彼らとは全く違う。違うからこそ、その違いが気になって、彼らのことが謎だった…

論理的ということ(その5:少年少女世界の文学)

僕が子どもの頃、隣の従兄の家にあった全50巻の「少年少女世界の名作文学」シリーズに親しんでいたことは以前書いた。僕の場合は、ごく一部のひろい読みである。しかし懐かしいので、そのうちの二冊をネットで手に入れて、自分の書棚にならべて喜んでいる。 …

論理的ということ(その4:回転読み)

前回の議論は、僕に、ある英語学習のメソッドを思い起こさせる。 それは、根石吉久という詩人・批評家の編み出した「回転読み」という語学学習法で、僕もすこしだけかじったことがある。たんなる音読ではなく、ある一文をマスターするために、文末と文頭をつ…

論理的ということ(その3:欧米と日本)

ここで話題はうんと卑近になる。 近ごろは、バンドメイドというガールズバンドの音楽を聴いて動画を見てばかりいることを前に書いた。動画の英文コメントを読み、外国のネットの掲示板を読むと、多く欧米のファンが書くコメントが、日本人がそういうところに…

論理的ということ(その2:学校と読書会)

近ごろでは、日本の学校現場でも、子どもたちが論理的に考えることを、かなり本気で取り組むようになってきたようだ。これからの学びは、主体的で、対話的であることが宣言されたりしている。 その前提になるのは、論理性ということだろう。自分の考えを筋道…

論理的ということ(その1: 論理的な人)

ふだんの生活で接しているなかで、この人のしゃべることは筋道だっていて、とても論理的だと思えることが、ごくたまにある。体験的に、そういう人はとても少ない。もちろん、専門分野で論理を駆使するのを仕事にしているような人は別だが、そういう人でも専…

オアシス運動

大井川周辺を歩いていて、オアシス運動の標語がかかれた古い掲示板があるのが、以前から気になっていた。大井に一つ。村山田にも一つある。 オ 「おはようございます」 ア 「ありがとうございます」 シ 「失礼します」 ス 「すみません」 僕は今まで、こんな…

人間には「自信」が必要である

ソシオン理論によると、「私」は三要素から成っている。私から見た他者の像(モデル)と、他者から見た私の像(評価)。そして、私の自己像(アイデンティティ)とが、その三つだ。 ふつう「私」というと、他者から独立した三つ目の要素のみをいうのが普通だ…

人間には「期待」が必要である

仕事については、「鳴かず飛ばず」の人生を送ってきた。そろそろ終わりが見える頃にこんなことをいうのも情けないが、本当のことだから仕方ない。 社会人になったとき、あらためて自分は、欠点の多い、不器用な人間だということを痛感した。なんとかぼろを隠…

人間には「モデル」が必要である

それなりに長く生きてきて、腑に落ちたことの一つは、人間にはモデル(師匠)が必要だということだ。 僕の信奉するソシオン理論では、「私」を構成する三つの要素のうち、第一のものは「他者の姿」であり、人はモデルの姿を取り込むことで「私」となる。だか…

ネットのよる学習について(3)

図書館司書資格のためのネット学習についてプラス面を書いたので、今度はマイナス面を。 大学制度の問題なのか、その中で通信制というものの問題なのか、図書館学の問題なのか、図書館司書資格の問題なのか判別できないが、14科目の内容に重複が多すぎる。…

ネットによる学習について(2)

残り2科目は、自習ではなくて、「面接授業」を受けないといけない。これは3日間のスクーリングと、メディア授業とが選択できるので、当然ネットで受講できるメディア授業を選択したのだが、あとからこちらの方がはるかに大変だということに気づいた。 ネッ…

ネットによる学習について(1)

今年度の後半、通信制大学の科目履修生になって、図書館司書の学習をした。すべて教科書とネットによる学習で、すいぶんと発見があった。 一科目あたりの自分の学習パターンは、こんなふうだ。まずはテキストを流し読みする。そのあと指定された課題で200…

教育の矛盾くらい、いい反面教師はいないのかもしれない

安部公房の評論集『死に急ぐ鯨たち』からの言葉。 満州という植民地で育った安部公房は、教育の建前として「五族協和」というコスモポリタニズムを叩きこまれつつ、日本人の優秀性という矛盾した教義を反復させられた。実際に「内地」から来る日本人は、中国…

絶対的に不正であること(本川小学校平和資料館)

原爆投下の目標になったといわれるT字形の相生橋を渡ると、すぐのところに本川小学校があった。路地に入ると、敷地の一角に、表面のコンクリートが傷んだ異様な建物が目につく。正門に回って、事務室を許可を得てから、その平和資料館に入った。 当時鉄筋コ…

高学歴ニートにおごる金はない

次男には、子どもの頃から不思議な才能が有って、家にあるおもちゃを組み合わせて、自分で新しい遊びのルールを思いついたりした。そんなとき、おとなしい長男は、4歳年下の弟の考えた遊びに喜んで加わっていた。 中学の時の特別支援学級の担任に久し振りに…

次男の子育て(高校入学)

夏の一次試験、冬の二次試験と倍率3倍の試験をかいくぐって、特別支援学校高等部の一般就労を目指すクラスに合格した。二次試験では面接対策がぬけていたにもかかわらず、こわもての先生の質問にも臆せず単語で切り返す様子は、後から何度も笑い話の種になっ…

次男の子育て(中学校時代)

いよいよワタルもブレザーの制服を着て、中学に通うようになる。 小学校までは、1キロ弱だったが、中学までは2キロ以上の道のりで、自転車通学が認められていた。長男は幼稚園時代から自転車を乗り回していたが、ワタルは友だちと遊びまわる機会もなかったか…

似たものクイズ ‼︎

自然のなかには、よく似たものがあります。比べて、共通点に気づいたり、違いを見つけたりすることは楽しいし、自然を深く知ることにつながります。 それでは、浜辺でひろった固い殻シリーズでいきましょう。 では、一問め。そう、これは貝です。カズラガイ…

趣味と禁忌

小学生の頃、手品ばかりやっていて、学校の成績が落ちてしまったときに、父親から手品師になるつもりかと怒られたことがある。なってもいいのだけれどと思いながら、そこはすなおに手品を控えるようになった。 中学生になって、小説を読むようになったときも…

次男の子育て(作文と読書)

次男の勤める職場では、職員研修の後のレポートを書く課題がけっこうな頻度である。今回子育てを振り返りながら、次男が小学校入学時、宿題が好きだったことを思い出したが、今でも提出日の何日か前には書き上げてしまう。 確か入社して丸一年がたったときに…

次男の子育て(小学校高学年)

感覚統合研究会(SI)の3年間を修了すると、小学校入学前の療育施設「のぞみ園」から引き続く6年間の手厚い人間関係を、親子ともども失うことになった。ワタルは、ずいぶんしっかり言葉をしゃべれるようにはなったが、ひきかえに時には厳しい人間関係にさ…

『ケーキの切れない非行少年たち』 宮口幸治 2019

著者は、公立精神科病院で児童精神科医として勤務していたが、発達障害や知的障害をもち様々な問題行動を引きおこす子どもたちに対して、対症療法以外の支援方法を見いだせずに悶々とした日を過ごしたという。藁にもすがる思いで病院をやめ、支援のヒントを…

次男の子育て(感覚統合研究会)

小学校入学と同時に、ワタルは感覚統合研究会(「SI」)に週一回通うようになる。この会は、地元の教育大学の学生のサークルで、顧問は他大学に転出した先生が時々指導に来ていた。会では学生たちが感覚統合理論に基づいて療育する子どもを募集していて、ワ…

次男の子育て(小学校入学)

いよいよワタルの小学校生活が始まる。幼稚園での様子からは、補助の先生なしで小学校になじめるのか、とても不安だった。 ところが、四月には、ワタルが宿題にマルをもらってかえってきた。本人も「がっこうはしゅくだいがあるからいい」と話したという当時…

次男の子育て(てんかん発作)

幼稚園年長さんの9月に、はじめてのてんかん発作があった。朝ふとんの中で、口から泡を吹いて、よだれがながれ、身体がだらんとして無反応になる。(妻はよく、目が流れる、といっていたが、黒目がはじに寄ることだろう) この時は二日ほど入院し、薬を処方…

次男の子育て(幼稚園)

ワタルの幼稚園は、キリスト教系の園だった。僕が住んでいる住宅街がある丘のはずれの森の中の木造の園舎で、近くにはため池と小さな教会があった。僕もきまぐれで、一度だけ日曜の礼拝に参加したことがある。年配の園長先生が牧師だった。 やはりクリスマス…