大井川通信

大井川あたりの事ども

ぬいぐるみが手放せない

休日の朝、コメダ珈琲で本を読んでいると、斜め前の席に、小太りの30代くらいの女性客が座った。透明なゴミ袋みたいなビニールに包んだ大きな手荷物をもっている。なんだろう。気になってみると、大きなぬいぐるみだった。 従姉妹のアサコは、幼児の頃、小さ…

『日本習合論』 内田樹 2020

久し振りに内田樹の本を読む。神仏習合という、大井川歩きにとってもど真ん中のテーマを扱っているからだ。相変わらず、面白い。内田樹だから面白いに決まっている、という感じもするが、そういう期待の中で本を書き続けるのはどんな気分だろう。 偶然、再来…

お札が増えるという事件

カーナビが完全にいかれてしまった。使いこなせてはいないが、少なくとも地図としては役立っていたし、オーディオの機能もあるから音楽が聴けなくなるのは、バンメのニューアルバムが出たこの時期にはことさら痛い。 古い車だけれども、まだ数年は乗るだろう…

トンネルから~♪ さようならのこと♪

「ぐるっとまわって、ビッグウェイ♪」のことを、妻に話してみたら、長男は別の作詞作曲もしていたと言って、こんな節を口ずさむ。 「トンネルから~♪ さようならのこと♪」 そうだった! 知人の子どものトンネルエピソードに触発されたなら、こちらをまっさき…

ぐるっとまわって、ビッグウエイ♪

若い人と話していたら、幼い子どもが好きなモノについて面白い話を聞いた。彼は教師なのだけれども、生徒たちの興味が向かう方向が分からない、自分の子どもについてはいっそうわからない、ということだった。 彼の子どもは電車が好きなのだが、よくよく聞い…

りぼんちゃんと九太郎

りぼんちゃんが家に来て一週間。二階の部屋にケージを置き、教えられたとおりに、一階に住む九太郎と、少しずつ顔合わせの機会をつくるようにした。 りぼんちゃんは生まれて半年間、猫族の中でもまれて育ってきているから、九太郎をみかけてもまったく動じな…

『お役人さま!』 廣中克彦 1995

当時、宮本政於の『お役所の掟』などの霞が関の内情を暴露する本が話題になったために、それに続く企画として、同じ講談社から出版された本だったと記憶する。ただし、こちらは都庁のノンキャリヤという、かなり下っ端の役人たちの生態を、「出入り業者」と…

こんな夢をみた(ある工場の倒産)

そこはリッカーミシンの立川工場だった。人の出入りに紛れて、中に入ってみる。天井が低く古い建物だ。ちょうど倒産の知らせがあった頃だろうか。父親の姿を探してみるが、もう退職したあとだろうと気づく。 受けつけの裏には、ひろい事務室みたいなのがある…

翻訳詩を読む

読書会の課題図書で、ボードレールの『悪の華』(再版 1861)の安藤元雄訳を読む。僕はもともと翻訳された詩というのは、まがいもののような気がしてあまり読む気がおきなかった。 若き芥川が、「人生は一行のボードレールにも若かない」とつぶやいた頃は、…

家族人形のその後

我が家には、四人家族を見立てた四体の人形と、あとから家族になった猫の人形がある。一昨年、家に迷い込んで4カ月で亡くなってしまった八ちゃんと、そのあと家に来た九太郎の人形だ。 どれも筑豊の山の中に木工工房をもつ内野さんの作品である。新しく家族…

物置部屋のコレクション

僕は本を買うのが、唯一の多少のぜいたくだから、家のあちこちに収納のための本箱が置いてある。二階の物置部屋にスチールの本棚があって、その一番上の目立つ棚は、一段全部が、ずらっと岡庭昇の著作のコレクションだ。ざっと40冊ばかり。全著作ではないが…

こんな夢をみた(死仮面)

ギャラリーのような白い壁面に囲まれた部屋で、僕は死んだ人の顔の皮をていねいに壁に並べてはりつけていく。こう書くとひどくグロテスクのようだが、実際に顔の皮というのは、白いビニールみたいな材質で、眼鼻口の部分に穴が開いた個性のないもので、少し…

通りすがりの女に

朝からコメダ珈琲で、ボードレールの『悪の華』をしこしこと読む。この訳詩集の中に、「通りすがりの女(ひと)に」というタイトルの、こんな詩があった。 街中で、一瞬、喪服姿の美しい女性とすれちがう。彼女の瞳に、「魂を奪うやさしさ」と「いのちを奪う…

りぼんちゃんのやってきた日

九太郎に続いて、二匹目の猫が我が家にやってきた。7月7日の七夕生まれだから、生後半年になる。秋の雑木林のような、はなやかな体色をしている。あるいは、そこから抜け出してきたリスのようだ。おでこに縦にミカン色の模様が目立つ。 キクイタダキ(菊戴)…

雪道と前輪駆動車

地球温暖化のせいか、もともと雪の少ないこの地方でも、近年ますます雪が降らなくなっている気がする。年に一回か二回、それも印象に残らないくらい薄っすらだったり。 ところが、今回は大寒波の襲来で、大雪が降ると天気予報がいう。予報通り、一日目は午後…

『日本はどこで間違えたのか』 藤山浩 2020

著者は1959年生まれ。ほぼ同世代だ。1960年代から10年ごとに日本社会の進行をコンパクトにまとめて、各時代の特色と問題点を明確に指摘する。著者の個人史も交えての論述は、僕自身の生きた同時代の解説でもあるから、興味深く、ありがたかった。 その分析の…

ぽけっとがいっぱい

長男が幼児の頃、ポケットが大好きだった。本人のリクエストで、ズボンには、母親が追加のポケットをいくつも縫い付けていた。 ウルトラマンの変身アイテムや、ピストルみたいな武器を、ひとつひとつそこにいれるのだ。それで家の中では、自動車に見立てた…

『ゲンロン戦記』 東浩紀 2020

病み上がりで今年初めて読んだ本。すらすらと読めて、さわやかな読後感が残った。読んでよかったと思った。 東浩紀は、10歳年下で、そのためか著名な批評家だけれども思い入れを持ったことがない。しかし、少し遅れて『弱いつながり』(2014)や『観光客の哲…

10年日記の効用

小学校の2年くらいから中学生の頃まで、父親に言われて日記をつけていた。初めのうちは親が点検していたから、小学生の内は毎日つけてある。中学の後半はもう書かなくなっていた。その後、社会人になってからも時々日記をつけようと思い立つが、2月か3月…

「沖」の由来

「ここには古くから、『沖』と呼ばれる古屋があった。この名の由来は定かではないが、この古屋は、母屋と納屋と、土蔵に連なる離れ屋から成っていた。決して分限者の構えではなかったが、庭には、青桐や楓、槙などが機嫌よく樹っていた。その佇まいは結構和…

諸星大二郎『西遊妖猿伝』を読む

年末年始休みに入る前に立てた目標の中で、唯一実現できたものが、諸星版の西遊記を読み切るというものだった。長編小説の名作を、とも思ったが、僕にはそれより諸星だろう。寝込んだ後、多少気分が良くなってもできることがない。その間、がつがつと読み進…

オリンピックと万博とリッカーミシン

リッカーミシンの立川工場をネットで検索したら、東京五輪を回想する記事が見つかった。1964年に開かれたオリンピック代表選手の壮行会の写真を取り上げている。前に立つ吉岡隆徳監督や依田郁子選手らの姿と、その前に並ぶ工員たちの後ろ姿が写っている。工…

こんな夢をみた(初夢の効用)

体調も年が明けてからかえって悪くなったみたいで、寝苦しい中で、数時間おきに目ざめながら見た夢。 基本パターンは、学生時代に講義にまったくでなかったり、試験勉強をまったくしていなかったりして、途方に暮れるという例の夢。ただ、体調不良が災いして…

柄谷行人の里山思考

読書会の忘年会以降、風邪気味となり調子が出ない。街にも出かけられず、年末らしいことを行えないまま、大晦日になってしまった。今日は近所の友人と里山に参拝登山に行くはずだったのだが、それもキャンセル。 仕方なく、家で年末の新聞に目を通していると…

タワシとキノコとオサビシヤマ

次男は、小さいころから髪の毛が剛毛だったから、長男が「タワシ」とあだ名をつけてからかっていた。ずいぶん長いこと、タワシ君とか呼んでいたと思う。 長男は猫好きで、昨年末に実家に戻ってからは、猫の九太郎をそれこそ猫可愛がりしている、九太郎先生と…

作文的思考が、それしかないというような、密かな僕の方法論です

★以下は、2006-7年の「玉乃井プロジェクト」の時期に安部さんと連絡用に頻繁にやり取りをしていたメールからの一部抜粋。この時期に、後に台本『玉乃井の秘密』のモチーフとなった「タマシイの井戸」という発想や、「作文的思考」というキーワードが出てい…

働くことについて(その3 暁の超特急)

【暁の超特急】 小学校の頃、年に一度、大きなグラウンドを借り切った会社の運動会があっていろいろな景品をもらうのが楽しみだった。また実業団の都市対抗野球に出場するときには、後楽園に観戦にでかけて派手な応援に目をみはった。カワイガッキなどという…

働くことについて(その2 あるカタログ)

【あるカタログ】 玉乃井プロジェクトの資料の展示コーナーには、玉乃井旅館のパンフレット等の営業の資料の他に、安部さんの家族のアルバムや記念の品物などが並べられている。その中に安部さんのお母さんが手元に置いていたような、日常の生活の書類を整理…

働くことについて(その1 六反田)

★2006年の玉乃井プロジェクトが、僕の作文にとって転機になったことを以前に書いた。プロジェクトの成果物である日本海海戦記念碑をめぐる文章は、以前に紹介している。プロジェクトと並行して開始していた9月の会で、もう一つ、自分にとって大切な文章を書…

見つめること、そして肯うこと(安部文範『菜園だより』の世界)

安部さんと知り合ったのは、『菜園便り』の通信が始まる少し前の頃だったと思う。ある会合で定期的に顔を合わせたことをきっかけとして、自宅にも時々お邪魔するようになった。たいていは夜だったから、旧玉乃井旅館は、奥でお父さんの起居するわずかな気配…