大井川通信

大井川あたりの事ども

一代終えるのは「やおいかん」

タリーズコーヒーで例のごとく勉強していると、となりの席に男性が座った。髪が少し伸びていて、やや太めのラフな恰好をしたおじさん、といっても僕よりはだいぶ若いだろう。その向かいには同じくらいの年かっこうの女性が座って、二人の会話はいやでも耳に…

まどマギの別れ

職場の同僚のヘザーさんが、急に日本を発つことになった。ヘザーさんが、来日したのは6年ほど前で、僕とは仕事上特別なかかわりがあったわけではないし、この間3年以上職場が変わって顔を合わさない時期もあった。 ただ彼女が、アメリカにいるときから日本…

馬柱とは何か

競馬に触れるようになって、馬柱という奇妙なコトバを知った。 馬柱ってなんだろう。「人柱」なら、築城や架橋や堤防工事のときの神にささげる生贄のことだから、少し不穏で残酷な匂いがする。レース中の事故で亡くなった馬を祀った慰霊碑みたいなものだろう…

さて、次の試練は

ベンヤミンの読書会をなんとか乗り切ったと思ったら、次の資格試験の受験日が一週間後に迫っている。今年度は区切りでいろいろ詰め込もうと計画しているのだから、しょうがない。 今度の試験は、とくに難しいというわけでないので、先月の登録販売者の試験が…

考えることと振舞うこと

読書会での報告が無事終わった。9月の終わりにこの話をもらった時には、ちょうど人生の区切りの時期だから、読書や思索の面での総まとめとなるようなことができたらと思っていたが、準備もはかどらず、とてもそんなふうにはならなかった。それでも、会のメン…

近所を歩くということ

大井川歩きを自覚的に始めたころ残したメモがあるが、ベンヤミンの名前は出ていない。けれども、あえて名前をださなくとも、彼の考えや感覚は自分のみについてしまっているともいえるかもしれない。 過去のガレキの山の中から、過去の断片を拾い集めて救済す…

希望をもつ方法

次に最晩年の『歴史の概念について』からの引用。「人類は解放されてはじめて、その過去を完全なかたちで手に握ることができる・・・人類が生きた瞬間のすべてが、その日には、引き出して用いうる(引用できる)ものとなるのだ」 この原稿は、ベンヤミンが「…

ガレキの拾い方

ベンヤミンの勉強会の準備が難航している。少しでも自分なりのベンヤミンの理解を示せればという野心をもっていたが、僕がもっているのはそれこそ断片的なイメージに過ぎず、とても専門家の前に提示できるようなものではない。そもそも参加者が聞きたいのは…

ボンちゃん一周年

今日で猫のボンちゃんが家族になって、ちょうど一年がたった。 先住猫の九太郎との関係は、この一年で思ったほどには改善しなかった。たしかに今では、九太郎がうなってボンちゃんを威嚇する場面は、だいぶ減ったような気がする。九太郎の攻勢が原因で二匹が…

うしろすがたのしぐれてゆくか

姉が定年退職後にちょうどコロナ禍にぶつかってしまい、家籠りをしている間に、山頭火のファンになっていた。山頭火といえば、父親が好きだったことがあり、子どもの頃父親から教わった記憶がある。 父親は僕と同じ様に熱しやすく冷めやすい人だったから、山…

家族の星座

二年ぶりに東京から姉があそびにきた。姉には両親の世話を最期までしてもらったから、頭があがらない。 姉のことを人に紹介するときに、手っ取り早いエピソードは、例のあの宗教団体に関連したことだ。姉は、短大卒業後、某損害保険会社に就職した。結局、定…

丘陵を歩き続ける柄谷行人

新聞購読をやめてしまったけれども、気になる記事はある。たとえば、年末恒例の書評委員による1年間の出版の総まとめみたいな記事。昨年柄谷行人が面白いことを書いていたから、今年の彼の発言がなんとなく気になっていた。 今年の「書評委員この1年」とい…

舞台と映画

ベンヤミンのアンソロジーを読んでいて、有名な「複製技術時代の芸術作品」を再読した。以前読んだときは、そこまで強い印象は受けなかったが、今の僕にはとてもいい。マルクス的な階級闘争史観を骨格にさまざまな視点とアイデアがギュッと詰め込まれていて…

猫のけんか

職場の窓から見える林には、ときどき近所の猫たちの散歩する姿が見える。いろいろな柄がいるし、大きいのも小さいのもいる。 今日突然、大きなうなり声が聞こえたので、窓の外をのぞくと、二匹の猫が向かいあっている。鳴いているのは茶トラの猫で、相手の白…

こんな夢をみた(悪鬼のような友人に追われる)

友人の家に遊びに行き、部屋で本を読んでいると、いつのまにか友人が近くに立って恐ろしい形相で見下ろしている。なんとか彼の手をすり抜けて部屋の外に逃れると、夜なのにどの部屋も明かりが消してあるので、手あたりしだい電灯をつけて回る。 そこにたまた…

気を取り直してヒラトモ様・ミロク様に初詣する

腰痛も峠をこしたようで、朝暗いうちに起き出して宗像大社に詣でる。まだ車も人もそこまで多くない。コロナ禍以降境内から締め出された夜店の数は少なく、かつて調査した東京ケーキの屋台も来ていない。次男が特等を当てたこともある新春の福みくじを二本引…

手作り絵本「かさぼとけさま」あとがき

駅に近い田んぼの一角に、石材を無造作に寄せてコンクリートで固めた場所があって、以前から気になっていました。よくみると、六面に地蔵のようなものが彫られた石の塔身が二つあって、かたわらには大きな丸い石がたてかけてあります。いわゆる六角地蔵とい…

一年の計は元旦にありというけれど

年末からようやく部屋の片づけを始めて、大晦日は、コメダ珈琲に行った以外家を出なかった。大晦日のテレビ番組も一分もみなかったと思う。ただしリビングでゴロゴロしている時間はながく、いつのまにか腰を痛めていた。 そんなわけで新年早々、腰にサポータ…

勉強会3周年と転校生の話

友人の吉田さんと3年前の12月に始めた勉強会が丸三年を迎えた。コロナ禍の入院でやむなく開けなかった2回をのぞいては皆勤で、今回が35回目にあたる。 僕は例の通り、ブログから三本の記事をまとめて「馬と機関車」と題して話をする。吉田さんは、仕事がらみ…

高良留美子の詩

今年も多くの著名の人が亡くなった。記事にしたいと思いながら、書けなかった人も多い。つい先日、新聞で詩人の高良留美子(1932-2021)の訃報に接した。高良留美子は、大学時代、詩をよく読んでいたときに愛読していた詩人の一人だ。現代詩文庫の解説で岡…

手帳を使い切る

僕は学生時代から手帳を使い始めて、結局還暦の今年まで、年末に選んだ手帳を翌年一年間使うということを続けてきた。すべての手帳は保管されていると思う。 若いころはうまく使えず空白ばかりのことも多かった。仕事のことはカレンダーなど手元のメモですま…

『誰か故郷を想はざる』 寺山修司 1973

角川文庫版。表題作の初版は1968年に出版されている。 寺山修司(1935-1983)のエッセイを好んで読んだ時期があって、今回ベンヤミンの批評を読んでいるときに、不意に寺山修司を思い出した。それまでベンヤミンと寺山修司をつなげて考えたことなどなかった…

ノルアドレナリンとアセチルコリン

登録販売者の試験勉強では、人体の構造や働きの分野も出題範囲になる。あらためて、身体の内部については、これだけ身近なものであるにもかかわらずごく初歩的な知識すらないことを痛感する。人間にかかわること全般にはそれなりに知識や思索を積み重ねてき…

有馬記念とBAND-MAID

いよいよ有馬記念。といっても、たった一か月の競馬観戦歴しかないのだが。 初めてファンになったグランアレグリアが5歳牝馬だったので、同期の牝馬クロノジェネシスを応援する。一番人気は、3歳牡馬で日の出の勢いのエフフォーリアだが、自分がこの年齢にな…

クリスマスの大井川周辺

年末の休日で、寒い中大井川周辺を歩く。気分がのったら、クロスミ様かヒラトモ様にお参りしようと思いつつ。秀円寺の脇を降りていくと、お寺の境内の杉の切り株と、鎮守の杜の無残に切られた大木の幹が目に入って、気が滅入る。 近くで農作業しているご婦人…

冬の霊山

通勤の途中で景色が開けた時、県境に近い英彦山の特徴あるシルエットを遠望することができる。大きく盛り上がった山塊の左隣に岩山の突起が三つ並んでいて、一目見て異様な姿に目を奪われる。さすが古くから修験の山とされているだけのことはある。(ただし…

セミヤドリガ その4 -フィクションの試みとして

わたしは、夢の中で、少年の好奇心や幼い推理を楽しんでいた。少年の夏休みの自由研究というもの完成を応援したくなった。わたしはもちろん、ヒグラシやセミヤドリガといった生き物を実際に見たことはない。しかし、夢の中では、林の少し湿った空気や樹皮の…

セミヤドリガ その3 -フィクションの試みとして

そんなある日、僕は、あるヒグラシが、胴体によく目立つ大きな白い綿菓子のようなものをつけて飛んでいるのに気づいた。翌日には、同じような白い綿菓子をいくつもつけたまま、幹につかまっているヒグラシを見かけることができた。それは明らかに寄生虫に犯…

セミヤドリガ その2 -フィクションの試みとして

僕は、林の中を歩いていた。 そこは、ケヤキの植林だった。枝打ちされ、間引きされて、まっすぐに伸びた幹の間の空間は、比較的明るく、その斜面の山道を歩くのが、僕は好きだった。夏になると、僕の目当ては、植林のはずれにある雑木林で生まれるクワガタや…

セミヤドリガ その1 -フィクションの試みとして

わたしは、宇宙をさまよっていた。 わたしは宇宙船の上で生まれたのだと思う。気づいた時には、星々のきらめきの中を、わたしを乗せた宇宙船はどこまでもまっすぐに飛んでいた。ときたま、宇宙船は、光のない暗い天体の上に降りたった。すると船体は、ざらつ…