大井川通信

大井川あたりの事ども

『押絵の奇蹟』 夢野久作 1929

角川文庫で読む。久作の短編集の新刊や復刊が続々出版されており、角川文庫が夢野作品を手軽に数多く読めるシリーズになっている。

表題作のほかに、『氷の涯』(1933年)と『あやかしの太鼓』(1926年)が収録されている。『氷の涯』を筆頭に中編と呼べる分量があってよみごたえがあるが、どれも長すぎる、書きすぎる、という印象があって、自分がはたして久作ファンと言えるのかどうか疑いをもったほどだった。とにかく思いのままにイメージが浮かびいくらでも書けてしまう人だったのではないか。

『あやかしの太鼓』は出世作だが、乱歩が批判したことで知られる作品。作り手によって恨みの込められた謎の鼓という設定は、作者が芸事の世界に通じているだけに説得力があり面白かった。確かにストーリーはごちゃごちゃしすぎていてわかりにくいが。

『押絵の奇蹟』はその乱歩も激賞したものだが、僕には三作の中で一番印象の薄かった作品だ。歌舞伎役者と押絵作可家の婦人が思いあい、不倫の事実なく二人にそっくりな子どもが生まれたというのが「奇蹟」の内容だが、押絵はわき役を演じているだけで、乱歩のような押絵の幻想談を期待していたので多少拍子抜けした。文章も描写も悪くはないが、道具立ての割には長すぎた。

『氷の涯』が一番良かった。読み直すとしたらこの作品だろうか。シベリア出兵時の大陸の様子も珍しく興味をひくし、政治的な陰謀という謎の要素もある。主人公のキャラクターは性格的に複雑で意外性があり、主人公を助けるロシア娘ーも奔放で魅力的だ。

夢野久作の忌日(3月11日)に手にとったのだが、読了に手間取って今になってしまった。