大井川通信

大井川あたりの事ども

点鬼簿

ナンシー没後20年

ナンシー関が亡くなって、20年。それが6月なのは覚えていたが、日付まで意識したことはなかった。これからは彼女の忌日は大切にしたいと思う。 ナンシー関(1962-2002)は、僕が一番同世代を感じた好きな書き手だった。年齢は一つ違いで、ほぼ同じ時代の風…

同僚の逝去

4月6日は父親の命日だったが、その日に急遽、元同僚のお通夜に出ることになった。職場の知り合いの訃報に接したことは何度もある。上司や知り合い、仕事で多少関係のあった人たちだ。ただし、いっしょにチームを組んで何年も苦楽を共にした同僚の死に立ち会…

小津の誕生日

映画監督の小津安二郎(1903-1963)と僕は誕生日がいっしょだ。若いころ、蓮実重彦の本でそのことをおしえられた。相変わらず本気とも冗談ともつかない調子で蓮実が語るには、小津が特別に偉い人物である証拠は、還暦の誕生日にピタリと人生を閉じたところ…

追悼 白土三平

今月8日に漫画家の白土三平が亡くなったという報道が、月末になって出た。作者はあまり表に出てこないし、かなり昔の人というイメージもあり、なにより作品が巨大すぎて生身の作者が想像しにくかったのかもしれない。亡くなったと言われても、ちょっとピンと…

五月雨忌

先月、作家の忌日を調べる機会があったが、その時、五月雨忌というのが目についた。シンガーソングライターの村下孝蔵(1953-1999)の命日を、最大のヒット曲「初恋」(1983)の冒頭の歌詞「五月雨は緑色」に因んでそう名付けられたらしい。 純朴そうな人柄…

記念日と忌日

5月10日なメイドの日だったそうだ。それでBand-Maidの配信ライブがあって、それをいつものように(昨年に彼女たちを知ってから、4回目になる)楽しんだのだが、さすがにメイドの日については周辺知識がとぼしく書くことができなかった。これだけ惹かれている…

5月5日はこどもの日

叔父さんが亡くなって20年目の命日だから、従兄のけんちゃんにメールをする。早いものだ。亡くなる直前に病院にお見舞いしたとき、しきりに家に戻りたがっていた。「一番自然だから」と。その関係翌日に、叔父さんは病院で「不自然な」死を迎えてしまった。 …

八ちゃんの命日

今日は八ちゃんの命日だから、切り花と魚の缶詰を買ってきて、「仏壇」に備えた。「仏壇」といっても、テレビ台の棚の一角に、八ちゃんの骨壺(きれいな布の袋に包まれ、八ちゃんの写真が貼られている)と、八ちゃんに見立てた猫のぬいぐるみが置かれたコー…

ヒーローを悼んで(1994.7.2 某高校新聞から)

F1のセナが逝った。 セナのレースをTVで熱心に見たのは、東京で塾の講師をしていた頃だった。もう二十代半ばだったが、周囲には学生アルバイトも多く、モラトリアムの気分に浸っていたように思う。 あの頃のセナは圧倒的に速く、レースへの集中力も群を抜い…

檸檬忌に梶井を読む

忌日には、一年に一回その人のことを振り返ることができるという効用がある。 というわけで、梶井基次郎(1901-1932)の89回目の忌日に、彼の本を手に取った。二年ばかり前、読書会で薄い短編集を読んだので、それに収録されていないものを選んで読む。 二…

人は化ける 組織も化ける

少し前のことになるが、とても温厚な上司に仕えていたことがある。当時、同僚に仲の良い冗談が通じる人がいたので、いろいろ冗談を言い合ってふざけていたが、その上司がタヌキに似ていることをネタにしたものがあった。 まじめでやさしい上司だったから、陰…

母の誕生日

今日は母の91回目の誕生日に当たる日なので、姉に電話をする。降ってわいた災難の日であるような命日よりも、子ども時代から何回となく祝ってきた誕生日の方がなじみ深い。それで姉と僕は、自然と両親の誕生日に連絡を取り合うことになった。 もう実家も手放…

ひろちゃんの旅立ち

少し前に娘さんから、ひろちゃん(吉田弘二さん)の容態が思わしくないとのメールを受ける。今年になってから、コロナ禍で訪問を遠慮していたのだが、この数か月でだいぶ体調が悪くなったそうだ。それでこのところ何回かお見舞いにうかがって、先週の日曜日…

不在の重さ

新型コロナウイルスで国が非常事態宣言を出してから、朝は次男を職場まで車で送るようにしている。4月から次男と職場がちょうど同じ方向になったこともあるし、やはり朝の通勤電車の方が混むというから、電車内での密集を妻も心配したためだ。 次男がすわる…

八ちゃんへの感謝

今日は、八ちゃんの命日だ。一年前の今日、八ちゃんは、大きなてんかんの発作に苦しんで、動物病院の診療台の上で亡くなってしまった。 その日の夜は、自宅でお通夜をして、翌日、動物霊園の斎場でお葬式をした。八ちゃんは小さな白い布団にくるまって、木の…

葬儀というもの

この年齢となると、いろいろな関係で葬儀に立ち会うことが多くなる。葬儀の間には、死者のことや、葬儀というものについて、思いを巡らすことになる。 信仰が薄くなっている時代には、葬儀というものの形式性が、どうしても気になってしまう。おそらく、人の…

父の誕生日

父の誕生日ということで、東京の姉にメールをする。 命日というのは、降ってわいた災害みたいなもので、当人にはあずかり知らない日付だ。死ぬことによって確定する日を、あらかじめ生きているうちに知ることはできないい。それならば、生前本人が大切に思っ…

ある哲学カフェにて

もう、4、5年ばかり前になるが、同じ街の古い街道沿いにあるカフェで哲学の勉強会にしばらく参加していたことがあった。 主宰は、ドイツ観念論の研究者で、予備校講師や大学講師をやりながら市民運動を続けている尊敬できる人だった。僕が参加し始めたとき…

ムラの長老たち

お正月に和歌神社を参拝したとき、拝殿の掃除をしていた組長さんご夫妻と話をした。一か月ばかりまえに、力丸ヒロシさんの奥さんが亡くなったという。 大正14年生まれのヒロシさんからは、ヒラトモ様やミロク様、大井炭坑のことなど、大井村の昔の様子を何度…

イノシシの伯父さんへ

伯父さんとお別れしてから、もう20年近くが経とうとしています。昨年に母が亡くなり、国立の家で暮らしていた二組の夫婦の全員が、この世を去ったことになります。二家族の子どもたちも、全員還暦前後となりました。 姉も実家を従兄にゆずることを決め、僕も…

平等寺の歌姫

田中好さんからメールがあって、ひさのの住人ハツヨさんが亡くなったという。ちょうど一週間ばかり前にお伺いしたときに、眠りの合間に少しだけ声を聞いたところだった。 ハツヨさんは、大正3年(1914年)の104歳。昭和初めの頃の村の盆踊りでは、声のよ…

仏壇のゆくえ

旧玉乃井旅館の安部さんの書庫には、亡き友人のためのコーナーがある。その小さな書棚には、考古学を専攻していたという安部さんの親しい友人亀井さんの形見の本が並んでいるのだが、僕は以前から、その薄暗い一角が仏壇のように思えていた。 仏壇というのは…

『先見力の達人 長谷川慶太郎』 谷沢永一 1992

経済評論家の長谷川慶太郎(1927-2019)が亡くなった。東西冷戦の終焉とバブルの崩壊の時代、この先世の中はどう動くのか不安になって、経済本を読み漁っていたときがあって、彼の本を読んだり、テレビで話を聞いたりしていた。 そのころ買って、読まずに手…

夏休みの詩の宿題

もう10年くらい前になると思うが、以前職場の同僚だった人から自分の子どもの夏休みの宿題の代作を頼まれたことがある。たしか間に誰かが入っていて、僕ならなんとかなりそうだということで話が回ってきたのだと思う。 仕方なしに、セミのネタで「夏の合唱…

追悼 イマニュエル・ウォーラーステイン

「世界システム理論」で著名な、歴史学者・社会学者のウォーラーステイン(1930-2019)が亡くなった。冥福をお祈りしたい。僕の学生時代には、すでに輝かしい名前だった。 手持ちの『史的システムとしての資本主義』を再読する。原著の元になった講義は、19…

河童忌に芥川龍之介の『河童』を読む

芥川龍之介(1892-1927)は、10代の頃の僕のアイドルだった。今も、唯一全集を持っている小説家である。だから、河童忌だけは、昔から忌日として意識していた。 芥川がアイドルだったというのが、僕の限界というか、いかにも自分らしい。漱石はもちろん、太…

桜桃忌に太宰治の『桜桃』を読む

今日は太宰治(1909-1948)の忌日の桜桃忌だそうだ。実家の比較的近くには太宰が入水したという玉川上水が流れているし、太宰の墓がある三鷹の禅林寺にも行ったことがある。 しかし桜桃忌を当日に意識したのは初めてのような気がする。ただ、意味記憶とエピ…

ムーミン谷の霊園

両親は、60代のうちに自分たちの墓地を購入していた。東京と埼玉との県境を過ぎたあたりで、JRと徒歩で行ける場所にあるから、当時でもそれほど安い買い物ではなかったはずだ。無神論者であるはずの父親のそんな振る舞いが、当時の僕には少し不思議な感じが…

いつも外を見とんしゃった

妻は博多の呉服町という下町の生まれだ。かつてミシン屋をしていた実家はもう取り壊されてしまったが、近所には間口の狭い商家が立て込み、大小のお寺が並んでいる。そんな町に育ったせいか、博多弁のなまりは強いほうだと思う。おかげで僕も影響されて、家…

ふるさとへ廻る六部は

伯父伯母の呼称というのは面白い。僕の両親とも戦前の人だったから、兄弟が多かった。年長の兄弟に対しては、赤坂のおばさん、誉田のおじさん、というように地名をつけて呼ぶ。年少の兄弟には、ふみ子おばさん、やすおおじさん、というように名前で呼んでい…