大井川通信

大井川あたりの事ども

大井川歩き(炭鉱・近代化遺産論)

デパートの時代

以前に住宅について書いたときに、子どものとき当たり前だった社宅と公団住宅が主役の座をおりて、今ではマンションばかりが目立つようになったことに気づいた。この激動の時代に半世紀以上生きていると、様々な分野で大きな主役交代に立ち会うことになる。 …

大井炭鉱跡を歩く

夕方近くなってからの里山歩き。本当は久しぶりに縦走コースを歩きたかったが、さすがに事故等のリスクが気になる。それで、一年ぶりに大井炭鉱跡を探索することにした。途中まで道があるし、ふもと近くなので距離はない。 ここ数年でずいぶん荒れてしまい、…

酒造場跡の更地の前で

公園の前を曲ると、目の前に大きな空き地があった。どうやら酒造場が取り壊された跡の更地のようなのだが、一瞬土地鑑を失ってしまう。せいぜい老朽化したレンガ煙突を崩したくらいだろうと予想していたので、意外過ぎたのだ。 かなりボリュームのある建物で…

大井炭鉱の思い出

5月18日の記事で、ミロク様発見の経緯について、紙版「大井川通信(その12)」の後半部分を引用した。今回は、残りの前半部分を引用する。 光陰矢の如し。力丸さんご夫婦だけでなく、天野さんもこの世を去り、森田さんも大井を出てしまった。松の木の枠が…

『地の底の笑い声』 上野英信 1967

上野英信の『追われゆく坑夫たち』は何度か読み返したが、同じ岩波新書の本書は、長く積読のままだった。ドキュメンタリーの迫力は前書にあるが、当時から半世紀以上が過ぎて、どこか遠いよその国のことのように感じられるところは否めない。 笑い話を通じて…

大井のはちみつ

家を一歩もでたくない。ゼンマイがほどけてしまったような、電池が切れてしまったような休日が、僕にはよくある。そんな日は、本も読まずに、何も考えずに、昼寝をしたりして一日を過ごす。 お腹がすいたので、一枚の食パンを取り出し、はちみつをたっぷり塗…

榜示(ぼうじ)とクスの木

ようやく涼しい日が続くようになってきた。今年は、7月から連日の猛暑が続き、8月のお盆がすぎても、暑さが手をゆるめなかった。35度超が当たり前だった。足首を痛めるというアクシデントも加わり、しばらく歩いていなかったのだが、今朝久しぶりに、住…

石炭ケーブルカー

「よいことを聞かれた」と、ハツヨさんの口ぶりがいっそう元気になる。僕がふと思いついて、石炭を運ぶケーブルカーのことを知らないか尋ねてみたときだ。 隣村からの往還(道)の上を、ケーブルカーが通っていて、その車輪がぐるぐる回っていたそうだ。石炭…

大井炭鉱跡再訪

ようやく休日の晴天と体調がかみあって、双眼鏡を首にかけ、竹の杖をついて大井川に降りていく。氏神様と田んぼの真中の水神様に、しばらく足が遠のいていたことを詫びる。水神様の上空でホバリングして、ヒバリがせわしなく高鳴きをしている。そういえば、…

疎開の意味

戦争中の生活を描いた『夏の花』の連作を読むと、「疎開」にもいろいろな種類があることがわかる。そもそも、疎(まば)らに開く、だから、原義は軍事作戦用語で、集団行動している兵を散らして攻撃目標となるのを避けることのようだ。 主人公は、千葉から実…

大井炭鉱

家から歩いて10分ばかりの里山の中に、小規模な炭鉱跡があることは、10年近く以前の聞き取りで知っていた。谷に沿って山に入ると、今は小さな畑地になっているが、周囲にはボタが落ちていたり、赤水がたまっていたりして、かろうじてその痕跡をうかがう…