大井川通信

大井川あたりの事ども

思索ノート

ていねいに生きる

医療費の公的負担の手続きのため、市役所と家とを往復した。申請書への添付書類として、住民票と世帯全員分の課税証明書がいるために、妻の所得申告や子どもの委任状の作成など、少しハードルが高かったのだ。 退院の時に、早めに手続きしてくださいといわれ…

90年代の転回点(批評をめぐって⑤)

*勉強会レジュメの最後の部分。当時展開する余力がなく、メモでしかないが、そのまま引用しよう。15年経った今では、ここから先の認識こそが、言葉と行動の真価を問われるものとなっている。 【90年代の転回点-素描-】 ① 経済の凋落 バブル崩壊後の長期…

ナンシー関の戦略について(批評をめぐって④)

*ナンシー関の予言力について、彼女が亡くなって4年ばかり後の2006年に書いたもの。話題は、岸部四郎(1949-2020)。日本テレビ系列の朝のワイドショー「ルックルックこんには」の司会を、1984年から1998年まで15年に渡って務めた。 「岸部が新司会者にな…

80年代の外部なき社会(批評をめぐって③)

*80年代のイメージを、自分の好きなSF漫画や映画を使って楽しそうに論じている。北田の描く見取り図が確かな手がかりとなっていたからだろう。 【80年代の外部なき社会】 北田は80年代の理念型として、マスコミや資本という不可視の超越者に管理された…

70年代左翼と身体性の論理(批評をめぐって②)

*僕の思想的な出発点は、哲学・思想の古典でも、戦後思想の大家でもなく、北田のいう「70年代左翼」という中途半端な存在だった。このあたりに僕自身のマイナー感というか小粒感が現れてしまうのは、どうしようもない。 北田の本は難解でわかりにくいところ…

批判主義の帰趨(批評をめぐって①)

※これから引用するのは、北田暁大の『嗤う日本の「ナショナリズム」』を読みながら、2006年の時点で、この30年ばかりの思想と自分とのかかわりを振り返る長いレジュメの一部である。 15年前、安部文範さんと始めたばかりの勉強会「9月の会」で報告したもので…

『共産党宣言』をめぐるあれこれ

白上謙一が『ほんの話』で、学生時代、この書に「感銘といっただけでは云いつくせない影響をうけた」と書いている。当時この本が「国禁」の書で、白上が陸軍大将や首相を務めた林銑十郎の甥だったというのは興味深い。 しかし、それ以上に関心をひくのは、こ…

幼児の記憶

映写技師の吉田さんが勉強会の席上で、子どもの頃の思い出について、こんな話をしたことがあった。たしか吉田さんが交通事故にあったときのことなのだが、まるで自分の身体から抜け出して見ているような情景を記憶しているというのだ。 吉田さんは、いろいろ…

大井で『武蔵野』を読む

大井貯水池の脇の公園で知人と待ち合わせている間に、ベンチで国木田独歩の『武蔵野』を読んだ。自分の生まれ育った武蔵野は、中学の頃からまち歩きをおこなった原点の土地だ。そのわりにこの高名な小説をちゃんと検討したことはない。 いざ読んでみると、独…

Hさんへの手紙

昨年11月にお会いしてから、いただいた資料の感想がすっかり遅くなってしまいました。言い訳になりますが、年末年始の長期休暇で書こうと予定していたところ、その期間完全に寝込んでしまい、正月明けもしばらく調子が戻りませんでした。年明けもバタバタし…

『子どもの道くさ』 水月昭道 2006

道くさは、「道草」だ。寄り道は「する」だけど、道草ならやはり「食う」だろう。しかし、道草をなぜ食べるのだろう。昔の子どもは、野草を食べていたのかしらん。 とここで、辞書の助けで、道草を食うのは馬であることに気づく。馬があたりまえの移動手段、…

100分の1

大学を卒業して、まず入社したのが生命保険会社だった。新入社員を集めて、4カ月間の研修が行われたが、そのメインは、1か月に渡る販売実習だった。二人でペアとなり、担当地区が決められ、ゼンリンの地図を片手に期間中に目標の件数の契約をとるというもの…

衰えのステージ

今は、少しづつ老化し、衰えていくプロセスを生きている。それは当然のことで受け入れるしかない。子どもの頃や若い時に、成長のプロセスの中にあって、その変化を受け入れてきたのとまったく同じことだ。 ただし社会生活を送り仕事をしている以上、衰えてで…

『日本習合論』 内田樹 2020

久し振りに内田樹の本を読む。神仏習合という、大井川歩きにとってもど真ん中のテーマを扱っているからだ。相変わらず、面白い。内田樹だから面白いに決まっている、という感じもするが、そういう期待の中で本を書き続けるのはどんな気分だろう。 偶然、再来…

作文的思考が、それしかないというような、密かな僕の方法論です

★以下は、2006-7年の「玉乃井プロジェクト」の時期に安部さんと連絡用に頻繁にやり取りをしていたメールからの一部抜粋。この時期に、後に台本『玉乃井の秘密』のモチーフとなった「タマシイの井戸」という発想や、「作文的思考」というキーワードが出てい…

曜日の当てを失う

何かちょっとした違和感がある。職場の壁に掲げられた週間の予定表を見ても、今日がどの曜日に当たるのか、すぐに思い当たらない。あわてて思いめぐらすと、知識としては、今日が何曜日でなければならないのか考えることはできる。しかし、その知識が、実感…

今月の三題噺、あるいは勉強会の帰趨

月末にいつものように吉田さんとの勉強会をする。9月に心不全で倒れ、入院してカテーテル手術をした吉田さんの顔色もだいぶ良くなった。一昨年末から始めた二人だけの勉強会は、コロナ禍で今年の4月に開催を見送った以外月例のペースを守って、もう23回めと…

『生きるとは何か』 島崎敏樹 1974

1980年の10月、大学一年の時の購入した日付が入っている岩波新書。およそ40年ぶりに再読する。 少し前に、夢や希望について解説した本を読んで、その言葉のもつニュアンスを十分にすくい取れていないことに不満をもった。キャリア教育や心理学の専門家によ…

否定の言葉・肯定の言葉

僕と安部さんが昔参加していたグループのリーダー格の人に連絡をとって、久しぶりに会うことになった。やはり安部さんが倒れたことがきっかけで、それを伝えておきたい気持ちがしたのだ。 もう15年も前のことだからはっきり覚えているわけではないが、安部さ…

『日本近代小説史 新装版』 安藤宏 2020

たぶん高校生の頃だったろうか、教科書の副読本みたいな扱いの文学史の解説書を愛読していた。息子の時代には、豪華なカラー版の国語便覧になっていたから、もうああいうものはないのかもしれない。10代には、そんな文学史をガイドに小説家たちに憧れ、作品…

ヒトとの別れ/モノとの別れ

勉強会仲間の吉田さんが倒れた。幸い、心臓のカテーテル手術で回復し、一週間程度の入院ですんだそうだ。ただ、組織に所属しないで、身体や心の強さなどの個人の力で人生を切り開いてきた吉田さんには、今回の「臨死体験」は相当なショックだったという。 数…

右翼と左翼

政治学者の白井聡が、松任谷由実に対して「早く死んだほうがいい」と自分のフェイスブックに書き込んだことで、批判にさらされている。彼女が安倍総理の友人としてその辞任に同情したために、「敵」と同罪と認定されてしまったのだろう。 確かにひどい発言だ…

『サキ短編集』 中村能三訳 1958

ビアスといえば、短編の名手サキ(1870-1916)の名前を連想したので、この機会にサキの短編も読んでみることにした。文庫本は5年ばかり前に手に入れていた。 21編の収録作品の内、心に引っかかったのは三分の一弱。おそらく文化や時代背景の違いのせいでピ…

夜中、目がさめて

夜中目がさめて眠れなくなる、なんてことはめったにない。気が小さいわりには、変に図太く、無神経な人間なのだ。 けれど、珍しく今がそういう状態だ。ふと食べ物のことが頭に浮かんだら、連想がつながって昔のくらしことを思い出す。昔の日々には愛着はある…

トンネルを抜けて

お盆だがコロナ禍で人込みには外出もしづらいので、夫婦で田舎にドライブに行く。山間の小京都秋月と、豆菓子店のハトマメ屋を目標にすることにした。秋月に行くには、大宰府の方に大きく迂回するか、筑豊経由なら山に入り、やっかいな峠を越えないといけな…

死と自然

僕は村の賢者原田さんのことを「世界的」宗教家だと思っている。世界的なカトリック神父押田成人の弟子だったことからの半ば冗談だし、実は原田さんは師匠のことをあまり評価していない。 世俗の中で、純粋な宗教的感性を維持することはとても難しい。だから…

千日の行

少し前に記事の総数が千を超えたけれども、今回が毎日書き始めてから連続で千日目の記事となる。修験道の過酷な修行に千日回峰行というものがあるが、千というのは、人が日常的に経験できる数字の中で、上限に近い単位なのかもしれない。 厳密にいえば毎日書…

論理的ということ(その7:作文と大井川歩き)

日本人が例外的に論理性を身につけるための、ほとんど無意識に行われている方法について書いてきた。今回の発見はこれだけなのだが、ここで終わってしまっては、僕の作文らしくないだろう。 獲得したものは、失われていく。どんなに論理を誇った人も、やがて…

論理的ということ(その6:広松少年)

理路整然と、論理的に話せる人に対しての疑問から始まって、あれこれ書き綴ってきた。他の人から見れば、もしかしたら僕自身も理屈好きな人間に見えるのかもしれないが、僕は、彼らとは全く違う。違うからこそ、その違いが気になって、彼らのことが謎だった…

論理的ということ(その5:少年少女世界の文学)

僕が子どもの頃、隣の従兄の家にあった全50巻の「少年少女世界の名作文学」シリーズに親しんでいたことは以前書いた。僕の場合は、ごく一部のひろい読みである。しかし懐かしいので、そのうちの二冊をネットで手に入れて、自分の書棚にならべて喜んでいる。 …