大井川通信

大井川あたりの事ども

思索ノート

『数に強くなる』 畑村洋太郎 2007

僕はどう考えても文系人間のくくりに入ってしまうが、数学や科学に対するあこがれはある。科学技術が光り輝いていた60年代に幼少期を過ごした人間の共通感覚だろう。だから、数式を使わずに「考え方」で数学を説明する画期的な本が面白かった畑村洋太郎の…

高度成長時代の「原風景」

子どもの頃、初めて見た景色(原風景)は以前からずっとあったものだと思い込んでしまう。だから子供心に、本物の日本国総理大臣は佐藤栄作総理であり、本物の米大統領はニクソン大統領、プロ野球の優勝チームはいつまでも巨人軍であるという思い込みがあっ…

凋落する日本

今さらながら、タイトルの件について。 僕が小学校時代の子供向けの自動車の本に、日本の自動車生産台数が世界7位であると書かれていたのを覚えている。その後高度成長期からオイルショック以降の安定成長を経て、日本の自動車生産台数が世界一位となり、経…

押し活とユートピア

現代美術家の外田さんと、新しく始める読書会の件で、小倉駅のコメダ珈琲で話をする。話題は多岐にわたったけれど、外田さんの娘さんの話が面白かった。 娘さんもまた美術家だけれども、ある時からアイドルの「押し活」に注力し始めたらしい。今は『遠野物語…

『流浪の月』読書会報告

地元の少人グループでの初の読書会の試みが終了した。もともとビブリオバトルを主催する団体のメンバーであり、仕事以外にも市民活動等でグループワークに長けた人たちだ。自分の考えをつくったり、それを簡潔にまとめて人前で話す経験を持っている。新参者…

『流浪の月』と「イエスの方舟」

読書会での事前のお題を考えていて、今までの気になった犯罪報道について話してもらおうと思いついた。直接小説とかかわらない(しかし小説を読む上で役立つ)お題は、息抜きにもなるし、参加者の視野を広げてくれる。 お題には、自分も答えないといけない。…

『流浪の月』 読書会質問項目作成

前回の記事で毒を吐き出してすっきりしたので、公平中立の立場から、議論が盛り上がるための質問項目をつくってみたい。 まずは、好きな文章や表現をえらんでもらうところから。 つぎに、この小説の特徴は、キャラ設定にあるような気がするので、選んだキャ…

『ダロウェイ夫人』の一日から100年

100年という時間幅は、一人の人間が経験できる時間の単位としては最大のものだろう。まして、若年のうちは、とてつもなく大きな時間を示すものに思えていた。10年ひと昔、というがそのひと昔を10個積み重ねてようやく到達できる、はるか向こうの世界。 漱石…

畔上対話(啓示としての詩)

原田さんの活動が思い通りにいかないのは、自分の詩をムラづくりの中心に据えているからだ、という言葉は、賢人にとって受け入れがたいことだろう。しかし、それを黙って聞き入れる度量が賢人にはある。 ここまでのことなら、一方的に僕が賢人をディスってい…

畔上対話(ムラと方舟)

竹の杖をついて大井川の川べりを歩いていると、村の賢人原田さんが、里山に接した田んぼに軽トラを止めて作業しているのが目に入った。 田んぼの下のあぜ道から近づくので、僕の姿は原田さんには見えない。僕は、大声でいつもの「ホンニホニホニ ホンニホニ…

『忘れられた日本人』 宮本常一 1960

森崎和江の聞き書きを読んで、その魅力について考えたときに、次に読んでみようと自然と思いついたのが、この本だった。ずいぶん前に買って拾い読みはしていたのだが、通読したのは今回が初めてだった。通読して、解説で網野義彦が「最高傑作」とほめそやす…

『語る歴史、聞く歴史』 大門正克 2017

「オーラルヒストリーの現場から」が副題の岩波新書の一冊。自分の大井川歩きでの活動の参考になりそうだと購入して、6年間の積読となっていた。少年老い易く学成り難し。今回、聞き書きについての考察の手がかりにしようと思って手に取ったのだが、思ってい…

極私的読書会体験記 -〇〇読書会100回を記念して- 2010.10.22作成

【前史としての80年代】 80年に大学に入学した僕は、現代思想ブーム、ポストモダンブームの影響を直接受けた世代だった。在学中は現代思想の論者として知られた今村仁司さんのゼミにもぐったり、社会人となった後も、80年代末には、柄谷行人の講演に足…

思想系読書会を振り返る

昨年の1月に報告して以来、久しぶりに読書会のレポーターを引き受けた。僕が参加しているなかでも、一番歴史のある思想系の読書会だ。30年近く断続的に参加しているが、うまくいかずに満足できないことが多く、そのために大いに悩み、工夫を凝らしてもきた。…

記録の細部/記憶の深部

今月の吉田さんとの勉強会のために、例によって、僕のブログからいくつかの記事を組み合わせてレジュメをつくる。それが、単なる記事の寄せ集めになる場合もあれば、文章が有機的に結合して新たなテーマを際立たせることもある。手前味噌でいえば、今回は後…

自分の思考のクセを知る

僕は、ふだんの生活の中で、なんともバランスを欠いたこだわりにとらわれることがある。子どもの生活習慣や家の管理などのことで、突然あるポイントが心配になり、性急にそのことの改善を言いつのったりする。 そのポイントはまったくの思い違いでもないし、…

ドキュメントを読む

今月の吉田さんとの読書会では、年末年始に読んだ4本のドキュメントの感想記事をもとにレジュメを作った。4本とも犯罪をめぐるドキュメントになってしまったのは僕の趣向のせいだが、教育現場を扱った『月明学校』や『山びこ学校』もドキュメントだし、『遠…

2023年新春に2023本目の記事

今回が、2023本目の記事。ちょうど西暦の年数と同じ数になった。感慨深い。 1000本目の記事を書いた時も、ようやくたどり着いたという達成感があったが、それ以来だ。記事の一本を一年と見立てれば、紀元以来の人類の歴史のボリュームを疑似体験できるような…

宮司の会4周年

友人の吉田さんと始めた月例の勉強会が、この年末でまる4年になった。毎月開催を遵守していれば49回目のはずだが、第46回となっているのは、途中コロナ等で3回抜けているからだろう。 吉田さんが安部論のメモを作ってきてくれたのは、前回追悼本の計画を話…

ある読書会の精神史

30年近く通っている読書会がある。冷戦が崩壊し、バブルが崩壊したあとに始まって、失われた30年と平成時代に重なる期間であり、40代で血気盛んだった頃から読書会を引っ張ってきた主宰者も70代を迎え、会として一区切りをつけたいという話を内々に聞い…

フィールドノートに通し番号をつける

大井川歩きを本格的に再開するにあたって、以前の聞き取りや調査の資料を整理する必要がある。というと大げさだが、手元には聞き取りなどのときに使った手帳といくらかの資料がたまっているだけだ。 僕は、整理能力も編集能力も、およそ様々な能力と気力に欠…

『江戸日本の転換点』 武井弘一 2015

この本も出版当時、大井川歩きに関連がありそうな本として購入していたもの。今になってようやく読んだが、想像以上に面白く役立つ本だった。大井川歩きの基本書の一冊として今後も読み込んでいく必要がありそうだ。 自宅周辺を歩いていて不思議に思うのが、…

漱石のナショナリズム

漱石の言葉は、問題の核心にまっすぐに届く。 「国家的道徳というものは個人的道徳と比べると、ずっと段の低いもののように見えることです。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテ…

『漱石文明論集』 三好行雄編 1986

岩波文庫の一冊を、購入後20年して読んだ。『吾輩は猫である』からの流れなのだが、漱石の評論をじっくり読んだのは初めてだ。読んでよかったと思う。自分の年齢と読書量を考えると、何を読むべきか優先順位をつけることの大切さをあらためて感じる。 漱石は…

自分史という場所

今日は、吉田さんとの勉強会である「宮司の会」。前回僕が苦し紛れに取り上げた「ガチャガチャ」論が、吉田さんの琴線にはひっかかってくれたようで、「自販機」と「駄菓子屋」についてのレジュメをもらった。 吉田さんは映像の専門家であり、自分なりの映画…

「9月の会」をまとめる

吉田さんとの月例の勉強会の資料を作っている時、ふと、前身の「9月の会」の開催一覧表を完成させようと思った。50回までのリストが作ってあったので、それをあと7回分付け足して、レイアウトを整えA4一枚の表にして印刷しただけだが、それでも一つけじめを…

『当事者主権』 中西正司 上野千鶴子 2003

「全世界の当事者よ、連帯せよ」の言葉で締めくくられる、とても熱い本。障害者運動の中西と女性運動の上野という、経歴の異なった両者の思いと知恵が叩き込まれた共著だというのも、その熱さの由来だろう。 ただ、こうした本だからこそ、僕は自分の「当事者…

ようやくブログが追いついた

昨年の秋から遅れ勝ちだったブログが、ようやく実際の日付に追いつくことができた。この間は、資格試験の勉強や、定年前の雑事や動揺もあって、半月以上遅れることもあった。 何も連続更新にこだわる必要はない。僕の自己満足以外気にしている人などいないの…

何よりもダメな男

学生の頃、評論家の菅孝行が好きで、彼の雑文集『何よりもダメな日本』を愛読していた。表題は、エンツェンスベルガーの『何よりもダメなドイツ』からとったものだったと思う。 管は、まっとうでまじめすぎるような左翼の批評家で、そのためかバブル以降の論…

入口と出口

定年とはいっても、まだ仕事を辞めるわけにはいかないので、転職するだけである。ただ、やはり定年という響きには、勤め人には強いインパクトがあって、社会人としての終わりを考えてしまう。何事にも出口があれば入口があるから、それとの連想で社会人にな…