大井川通信

大井川あたりの事ども

思索ノート

ドキュメントを読む

今月の吉田さんとの読書会では、年末年始に読んだ4本のドキュメントの感想記事をもとにレジュメを作った。4本とも犯罪をめぐるドキュメントになってしまったのは僕の趣向のせいだが、教育現場を扱った『月明学校』や『山びこ学校』もドキュメントだし、『遠…

2023年新春に2023本目の記事

今回が、2023本目の記事。ちょうど西暦の年数と同じ数になった。感慨深い。 1000本目の記事を書いた時も、ようやくたどり着いたという達成感があったが、それ以来だ。記事の一本を一年と見立てれば、紀元以来の人類の歴史のボリュームを疑似体験できるような…

宮司の会4周年

友人の吉田さんと始めた月例の勉強会が、この年末でまる4年になった。毎月開催を遵守していれば49回目のはずだが、第46回となっているのは、途中コロナ等で3回抜けているからだろう。 吉田さんが安部論のメモを作ってきてくれたのは、前回追悼本の計画を話…

ある読書会の精神史

30年近く通っている読書会がある。冷戦が崩壊し、バブルが崩壊したあとに始まって、失われた30年と平成時代に重なる期間であり、40代で血気盛んだった頃から読書会を引っ張ってきた主宰者も70代を迎え、会として一区切りをつけたいという話を内々に聞い…

フィールドノートに通し番号をつける

大井川歩きを本格的に再開するにあたって、以前の聞き取りや調査の資料を整理する必要がある。というと大げさだが、手元には聞き取りなどのときに使った手帳といくらかの資料がたまっているだけだ。 僕は、整理能力も編集能力も、およそ様々な能力と気力に欠…

『江戸日本の転換点』 武井弘一 2015

この本も出版当時、大井川歩きに関連がありそうな本として購入していたもの。今になってようやく読んだが、想像以上に面白く役立つ本だった。大井川歩きの基本書の一冊として今後も読み込んでいく必要がありそうだ。 自宅周辺を歩いていて不思議に思うのが、…

漱石のナショナリズム

漱石の言葉は、問題の核心にまっすぐに届く。 「国家的道徳というものは個人的道徳と比べると、ずっと段の低いもののように見えることです。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテ…

『漱石文明論集』 三好行雄編 1986

岩波文庫の一冊を、購入後20年して読んだ。『吾輩は猫である』からの流れなのだが、漱石の評論をじっくり読んだのは初めてだ。読んでよかったと思う。自分の年齢と読書量を考えると、何を読むべきか優先順位をつけることの大切さをあらためて感じる。 漱石は…

4つに絞る

昨年あたりから、ようやく自分なりの生活の地図を描くことができるようになった。昔から読書や考え事のときに図を使って考えることはしてきたが、それを自分の生活の指針とするまでには至らなかったのだ。 直接のきっかけは、定年による生活の変化とコロナ感…

自分史という場所

今日は、吉田さんとの勉強会である「宮司の会」。前回僕が苦し紛れに取り上げた「ガチャガチャ」論が、吉田さんの琴線にはひっかかってくれたようで、「自販機」と「駄菓子屋」についてのレジュメをもらった。 吉田さんは映像の専門家であり、自分なりの映画…

「9月の会」をまとめる

吉田さんとの月例の勉強会の資料を作っている時、ふと、前身の「9月の会」の開催一覧表を完成させようと思った。50回までのリストが作ってあったので、それをあと7回分付け足して、レイアウトを整えA4一枚の表にして印刷しただけだが、それでも一つけじめを…

『当事者主権』 中西正司 上野千鶴子 2003

「全世界の当事者よ、連帯せよ」の言葉で締めくくられる、とても熱い本。障害者運動の中西と女性運動の上野という、経歴の異なった両者の思いと知恵が叩き込まれた共著だというのも、その熱さの由来だろう。 ただ、こうした本だからこそ、僕は自分の「当事者…

ようやくブログが追いついた

昨年の秋から遅れ勝ちだったブログが、ようやく実際の日付に追いつくことができた。この間は、資格試験の勉強や、定年前の雑事や動揺もあって、半月以上遅れることもあった。 何も連続更新にこだわる必要はない。僕の自己満足以外気にしている人などいないの…

何よりもダメな男

学生の頃、評論家の菅孝行が好きで、彼の雑文集『何よりもダメな日本』を愛読していた。表題は、エンツェンスベルガーの『何よりもダメなドイツ』からとったものだったと思う。 管は、まっとうでまじめすぎるような左翼の批評家で、そのためかバブル以降の論…

入口と出口

定年とはいっても、まだ仕事を辞めるわけにはいかないので、転職するだけである。ただ、やはり定年という響きには、勤め人には強いインパクトがあって、社会人としての終わりを考えてしまう。何事にも出口があれば入口があるから、それとの連想で社会人にな…

ベンヤミン読書会顛末

今月の吉田さんとの勉強会では、「ベンヤミン読書会顛末」と題して、読書会メンバーへの案内文(「なりきりベンヤミンの会」)を頭に、報告用の原稿代わりに書いたブログ記事三本(「ガレキの拾い方」「希望をもつ方法」「近所を歩くということ」)と読書会…

情事をどう浄化するか

ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』を読んで、小説としての面白さというよりも、もっと別のことを考えさせられた。 人間の男女のこと、性愛をめぐることに関しては、つつきだせばいろんなパターンなり、可能性なりがあるだろううが、どれも客観的…

考えることと振舞うこと

読書会での報告が無事終わった。9月の終わりにこの話をもらった時には、ちょうど人生の区切りの時期だから、読書や思索の面での総まとめとなるようなことができたらと思っていたが、準備もはかどらず、とてもそんなふうにはならなかった。それでも、会のメン…

近所を歩くということ

大井川歩きを自覚的に始めたころ残したメモがあるが、ベンヤミンの名前は出ていない。けれども、あえて名前をださなくとも、彼の考えや感覚は自分のみについてしまっているともいえるかもしれない。 過去のガレキの山の中から、過去の断片を拾い集めて救済す…

希望をもつ方法

次に最晩年の『歴史の概念について』からの引用。「人類は解放されてはじめて、その過去を完全なかたちで手に握ることができる・・・人類が生きた瞬間のすべてが、その日には、引き出して用いうる(引用できる)ものとなるのだ」 この原稿は、ベンヤミンが「…

ガレキの拾い方

ベンヤミンの勉強会の準備が難航している。少しでも自分なりのベンヤミンの理解を示せればという野心をもっていたが、僕がもっているのはそれこそ断片的なイメージに過ぎず、とても専門家の前に提示できるようなものではない。そもそも参加者が聞きたいのは…

『誰か故郷を想はざる』 寺山修司 1973

角川文庫版。表題作の初版は1968年に出版されている。 寺山修司(1935-1983)のエッセイを好んで読んだ時期があって、今回ベンヤミンの批評を読んでいるときに、不意に寺山修司を思い出した。それまでベンヤミンと寺山修司をつなげて考えたことなどなかった…

ナビと計画変更

ずっと使わなかったカーナビを、遠出の時に何回か使ってみた。なるほど便利だ。いまさらだが。機械の判断に従うのが嫌な気がしていたのだが、ナビの指示に従わずに走ると、ナビは冷静に経路を再計算、再判断して、その時点での最も「合理的な」経路を示して…

「機関車を見ながら」-芥川小論

『侏儒の言葉』が残念だったので、全集を引っ張り出して、晩年の短文にいくつか目を通してみた。経験上、芥川に関しては、こんな場合に満足のいく発見は期待できない。しかし、今回は、はっと目をひく文章を見つけた。 昭和2年の自死のあと発表された遺稿の…

『侏儒の言葉』 芥川龍之介 1927

子どもの頃から芥川が好きだった。学生時代は市立図書館で岩波の大判の全集を借りてきて読んだし、社会人になってから、版が小さくなった新しい全集を手に入れた。とはいえ、持っているだけで、きちんと読んだわけではない。 この岩波文庫の『侏儒の言葉』の…

『林達夫評論集』 岩波文庫 1982

久しぶりの再読。以前、林達夫(1896-1984)が気になって、何冊かまとめて読んだ時期があった。やはり、どの文章もそれなりに面白い。ただ、圧倒的にすごいという切れ味までは感じられない。もちろん、時代の文脈の違いと、そもそもこちらの教養や興味関心…

財布をもって追いかける

外国人の動画に、日本で財布を落とすと、それを拾った日本人は必ず落とし主に返すということを検証するものがあった。実際に、動画の主が人込みでわざと財布を落とすと、それを目撃した日本人は、素早く拾って落とし主を追いかける。まさに百発百中だ。 まあ…

歴史の救済

僕は、本を読みながらというよりも、街を歩いたり、車を運転したりしながら、自分の思い付きをじっくりと考えることが多い。 ベンヤミンレポートに備える作業も、ベンヤミンのテクストを読むというより、自分の中に残存して生きている彼のイメージを何度も反…

私は地理が好きだった

馬はたのしい。競馬も面白そうだ。動画を見ているうちに、競馬好きだった寺山修司のことを思い出して、そのエッセイを読み返してみた。そうして、以前、熱心に寺山の本を読んでいた時期があったのを思い出した。 文庫本は何冊もあるので、パラパラめくってみ…

『人新世の「資本論」』 斎藤幸平 2020

コロナ感染症で宿泊療養施設のホテルに隔離された時に持ち込んだ本の一冊。いわずとしれたベストセラー。今時マルクスの研究者の本が売れ続けているというのが不思議だったが、ようやく手に取って一気に読了し、その意味が納得できた。 とても良い本だ。読書…