大井川通信

大井川あたりの事ども

思索ノート

ヒトとの別れ/モノとの別れ

勉強会仲間の吉田さんが倒れた。幸い、心臓のカテーテル手術で回復し、一週間程度の入院ですんだそうだ。ただ、組織に所属しないで、身体や心の強さなどの個人の力で人生を切り開いてきた吉田さんには、今回の「臨死体験」は相当なショックだったという。 数…

右翼と左翼

政治学者の白井聡が、松任谷由実に対して「早く死んだほうがいい」と自分のフェイスブックに書き込んだことで、批判にさらされている。彼女が安倍総理の友人としてその辞任に同情したために、「敵」と同罪と認定されてしまったのだろう。 確かにひどい発言だ…

『サキ短編集』 中村能三訳 1958

ビアスといえば、短編の名手サキ(1870-1916)の名前を連想したので、この機会にサキの短編も読んでみることにした。文庫本は5年ばかり前に手に入れていた。 21編の収録作品の内、心に引っかかったのは三分の一弱。おそらく文化や時代背景の違いのせいでピ…

夜中、目がさめて

夜中目がさめて眠れなくなる、なんてことはめったにない。気が小さいわりには、変に図太く、無神経な人間なのだ。 けれど、珍しく今がそういう状態だ。ふと食べ物のことが頭に浮かんだら、連想がつながって昔のくらしことを思い出す。昔の日々には愛着はある…

トンネルを抜けて

お盆だがコロナ禍で人込みには外出もしづらいので、夫婦で田舎にドライブに行く。山間の小京都秋月と、豆菓子店のハトマメ屋を目標にすることにした。秋月に行くには、大宰府の方に大きく迂回するか、筑豊経由なら山に入り、やっかいな峠を越えないといけな…

死と自然

僕は村の賢者原田さんのことを「世界的」宗教家だと思っている。世界的なカトリック神父押田成人の弟子だったことからの半ば冗談だし、実は原田さんは師匠のことをあまり評価していない。 世俗の中で、純粋な宗教的感性を維持することはとても難しい。だから…

千日の行

少し前に記事の総数が千を超えたけれども、今回が毎日書き始めてから連続で千日目の記事となる。修験道の過酷な修行に千日回峰行というものがあるが、千というのは、人が日常的に経験できる数字の中で、上限に近い単位なのかもしれない。 厳密にいえば毎日書…

論理的ということ(その7:作文と大井川歩き)

日本人が例外的に論理性を身につけるための、ほとんど無意識に行われている方法について書いてきた。今回の発見はこれだけなのだが、ここで終わってしまっては、僕の作文らしくないだろう。 獲得したものは、失われていく。どんなに論理を誇った人も、やがて…

論理的ということ(その6:広松少年)

理路整然と、論理的に話せる人に対しての疑問から始まって、あれこれ書き綴ってきた。他の人から見れば、もしかしたら僕自身も理屈好きな人間に見えるのかもしれないが、僕は、彼らとは全く違う。違うからこそ、その違いが気になって、彼らのことが謎だった…

論理的ということ(その5:少年少女世界の文学)

僕が子どもの頃、隣の従兄の家にあった全50巻の「少年少女世界の名作文学」シリーズに親しんでいたことは以前書いた。僕の場合は、ごく一部のひろい読みである。しかし懐かしいので、そのうちの二冊をネットで手に入れて、自分の書棚にならべて喜んでいる。 …

論理的ということ(その4:回転読み)

前回の議論は、僕に、ある英語学習のメソッドを思い起こさせる。 それは、根石吉久という詩人・批評家の編み出した「回転読み」という語学学習法で、僕もすこしだけかじったことがある。たんなる音読ではなく、ある一文をマスターするために、文末と文頭をつ…

論理的ということ(その3:欧米と日本)

ここで話題はうんと卑近になる。 近ごろは、バンドメイドというガールズバンドの音楽を聴いて動画を見てばかりいることを前に書いた。動画の英文コメントを読み、外国のネットの掲示板を読むと、多く欧米のファンが書くコメントが、日本人がそういうところに…

論理的ということ(その2:学校と読書会)

近ごろでは、日本の学校現場でも、子どもたちが論理的に考えることを、かなり本気で取り組むようになってきたようだ。これからの学びは、主体的で、対話的であることが宣言されたりしている。 その前提になるのは、論理性ということだろう。自分の考えを筋道…

論理的ということ(その1: 論理的な人)

ふだんの生活で接しているなかで、この人のしゃべることは筋道だっていて、とても論理的だと思えることが、ごくたまにある。体験的に、そういう人はとても少ない。もちろん、専門分野で論理を駆使するのを仕事にしているような人は別だが、そういう人でも専…

作文的思考と玉乃井プロジェクト

僕の作文にとって、大きな転機となったのは、玉乃井プロジェクトの経験だった。それまでの僕は、本や思想家について書いたり、運動に対するイデオロギー批判を書いたりするだけで、いわばプロの批評家の真似事をしていることが多かった。 若い間は勢いで書い…

作文的思考と読書会芸人

読書会というものがなかったら、僕の作文の量はかなり減っていたのだと思う。長い人生の中で、途切れることなく自分の作文を書き続けることができたのは、少数の友人・知人たちとの読書会や勉強会のおかげだ。 その淵源は、学生時代にさかのぼる。当時、学生…

作文的思考と同和問題(その2)

イデオロギー批判とか、自己欺瞞の指摘とか、抽象的に言ってもわかりにくいだろう。具体的にはこういうことだ。 大学生の僕は、差別ということの大元が、「ひとくくり」であることに気づいた。ひとくくりにしてしまうから、どんな切り捨ても不当な扱いも可能…

作文的思考と同和問題

社会人となってから、僕は東京から地方へ転居した。地方には、東京では見えなった被差別部落の解放運動があって、偶然のきっかけから、同和教育や解放運動とかかわるようになった。 そこでの経験を通じて、僕はかなりのエネルギーを使って、多くの作文を書い…

作文的思考と「障害者」の運動

大学時代、岡庭昇を読んで自分なりの作文を書き始めた頃、地元の地域での運動にかかわった。きっかけは、成人式の自主開催を求めるみたいな集まりだったけれども、会場として使った公民館で、「障害」を持った人たちと出会うことになった。 公民館の青年学級…

ブログ的思考

ブログを書き始めて9か月ほど経ってから、毎日の記事を(多少おくれながらも)かならず書くようになった。それからもう3年目に入っている。 毎日書くと、どうしても下手な記事も交じってしまう。しかし、間隔を開けたところで、つまらない記事を書いてしまう…

作文的思考(続き)

4年くらい前のことだ。安部さんとやっていた勉強会で、「作文的思考」というテーマで報告をした。そのレジュメの初めの文章。 「安部さんから不意に、僕が昔書いた文章について切り出された。どんなものであれ書くことによって思考は紡がれるし、いったん刻…

作文的思考

僕は、以前から、自分が書いているものが「作文」であると考えてきた。学校の授業で書かされた、あれだ。源流をたどれば「生活つづり方」みたいなものになるのだろうけれども、ふつうに作文というのがしっくりくる。 学校の授業で、作文がとくに得意だったわ…

自覚のない労働者なんて、労働者だと言えませんよ

50年くらい前の、ハンディサイズの古い文学全集の一冊を200円で買って、椎名鱗三をぼちぼち読んでいる。僕は本に関してだけ、妙に潔癖症で、本当は古本は苦手だ。しかし、この本は、初めてページを開く感触があったから、誰も開いたことのない本だったのだろ…

カーブのむこう

五日ばかり空いてしまったが、「○○のむこう」シリーズの第三弾。安部公房の1966年の短編『カーブの向う』から。 坂道を上っている勤め人風の男がふと、カーブした坂道の先、丘の上がどんな世界につながっているのかわからなくなり、足が止まってしまう。坂を…

「方舟大井丸」の出航(その2)

旧大井村で住宅街の向かいにある里山には開発の手は及んでいないが、小説の「ひばりケ丘」と同様、ミカン畑が目立っている。しかし今では採算がとれず、太陽光発電のソーラーパネルに置き換わりつつある。 しかし、この里山の地下には、かつての大井炭坑の坑…

「方舟大井丸」の出航(その1)

安部公房の『方舟さくら丸』を、ニュータウンと呼ばれる郊外の成立のからくりを描いた小説として読んでみた。ニュータウンが抱え込む闇の部分をいちはやく取り出しているからこそ、ニュータウンがオールドタウンと化して様々な問題が噴出している今でも、い…

仏教書とビジネス書

仕事や日常生活で使う必要がなかったせいか、今に至るまで英語がまったくものになっていない。ときどき学習しなおすといっても、受験英語の焼き直しにすぎない。やさしい小説を読もうとしても、三日坊主で終わっていた。 それでしばらく前に、いい勉強法を思…

カウンセリングを受ける

機会があって、カウンセリングを受けてみた。特に大きな悩みや生きづらさを感じていたわけではなくて、偶然、そういう機会が舞い込んできたからだ。 日頃自分自身には、不思議だとか変だとか思うことが少なくはないのだが、なんとか自己解決してここまで生き…

共通一次とセンター試験(その2)

ところで、年齢を重ねることのもう一つのメリットは、敗者復活のチャンスが必ずめぐってくるということだ。かなわなかった夢が実現する機会がひそかに訪れるということである。 昨年には、子ども時代からの夢である宮大工の真似事をする機会に恵まれたし、高…

共通一次とセンター試験

年齢を重ねることのメリットの一つは、たんなる思い出話が「歴史的証言」になることだ。若い人が数年前のことを話せば、それはたんなる個人の感想にすぎないだろう。しかし、50年前に新発売のトミカのミニカーを購入したという話なら、ちょっとした歴史的な…