「オーラルヒストリーの現場から」が副題の岩波新書の一冊。自分の大井川歩きでの活動の参考になりそうだと購入して、6年間の積読となっていた。少年老い易く学成り難し。今回、聞き書きについての考察の手がかりにしようと思って手に取ったのだが、思っていたよりもずっと本格的で生易しい本ではなかった。
明治以降の聞き書きの歴史を、近年に至るまで目配りひろくまとめている。その展開の中で、聞き書きの担う意味の深化をしっかりと考察している。森崎さんの仕事も「女性が女性の経験を聞く」という章で、大きく取り上げられている。
特に70年代後半からは、著者自身の聞き書きの実践が加わり、そこでの試行錯誤も報告される。そこから歴史叙述と歴史学にあり方につなげる考察は重厚で説得力がある。
近年の動向では、僕も関心のある六車由美さんの「介護民俗学」への評価もあり、また感銘を受けた宮内泰介『歩く、見る、聞く 人びとの自然再生』についての言及までがある。
小著ながら、ザ・聞き書きともいうべき本で、あまりにも網羅的なため、かえって自己流に聞き書き・聞き取りを考えてみようという意欲を失ってしまったくらいだ。歴史学者の堅実な本だから、不足しているとしたら、語る側、聞き取る側双方の内的な体験の記述やその哲学的、批評的な分析というあたりだろうか。
いずれにしろ、素人なりに聞き書き・聞き取りにかかわるうえでも、手放せない一冊になると思う。