大井川通信

大井川あたりの事ども

神々

村の賢人とコメダで議論

コメダ珈琲の駐車場に、軽トラックが停まっている。コメダに朝から軽トラで乗り付けるのは村の賢人原田さんくらいだから、のぞいてみると、案の定、いつも愛用の席でスマホをいじっている。 僕は自分の席を確保してモーニングを食べてから、新聞を取りにいく…

『宗教と日本人』 岡本亮輔 2021

これは、丸三年ばかりの浅めの積読本。著者の岡本亮輔(1979-)は若手の宗教学者であり、観光学の研究もしていることもあって、その視野は広く新しい。 この本を読んで、初めて新たに了解できたということが確実にあって、それで新書のボリュームで入門書と…

『世界がわかる宗教社会学入門』 橋爪大三郎 2001

20年前以上に出版された宗教社会学の入門書を、今回ようやく読了した。何度か手にとっていたし、2010年に読み始めた日付が書き込まれているが、その時は挫折してしまったのだろう。この間、廃棄本にしようと思ったことさえある。すでに文庫化され安価に手に…

『ふしぎなキリスト教』 橋爪大三郎・大澤真幸 2011

橋爪も大澤も僕が若いころからの社会学のスターだが、近年出版される入門書の類はどうも感心できないことが多かった。しかし、該博な知識と視野の広さが要求される分野では、二人から学ばなければいけないことが多いと、『ゆかいな仏教』に引き続いて気づか…

遠山を眺望する

東京に帰省すると、この土地にとって富士山(3776m)がいかに大切な山であるかわかる。子ども時代にそれに気づかなかったのは、高度成長期以降の公害の影響もあるのではないか、と近頃思い至った。規制前の工場の煤煙や車の排気ガスが空を汚し、眺望を妨げ…

『シッダールタ』と唯幻論

読書会のもう一つの課題は、小説『シッダールタ』となんだか似ている(あるいは、ぜひ比較してみたくなる)別の作品をジャンル不問で連想してください、というもの。 この課題は、素人の読書会の課題としてとても優れていると思った。専門家同士の読みであれ…

立正佼成会のことなど

『日本の新興宗教』の中で、戦後に急速に勢力を増した教団として、創価学会とともに、立正佼成会が大きく取り上げられている。同じ日蓮宗系の新宗教でありながら、両者にははっきりした性格の違いがあるという。 僕は、幕末に出発した黒住教、金光教、天理教…

下町のキツネツキ

豊田正子の綴り方を読むと、戦前の庶民の暮らしの中で、キツネツキ現象がいかに身近なものであったかがわかる。子どもの目には、物珍しく題材に選びやすかったということもあるかもしれない。岩波文庫版『綴方教室』の中から、神がかりやキツネツキの女性を…

元日の三社参り

夜10時過ぎ、ようやく完成した家族の年賀葉書を投函しに外に出る。今日初めての外出。年賀状は、次男と妻の知人への近況報告がメインで、自分の分はここ数年出さないようにしている。 最寄りの郵便局まで歩いて、ふと近隣の神社にお参りしてみようと思いつく…

庚申塔さまざま(球磨、山鹿)

庚申塔(こうしんとう)は面白い。まず、とにかく数が多い。少し古い町なら、集落ごとにあったりもする。次に、形状も様々だ。とても同じ名称でひとくくりにできる石塔とは思えない。さらに地方ごとに大雑把な特色がある。僕の今の地元は文字塔ばかりだが、…

人吉盆地をめざす

月初の鎌倉に続いて、急に思い立って人吉盆地(球磨盆地)に旅行する予定を立てた。出不精で内弁慶の僕には珍しいことだ。 人吉盆地は、隣県熊本の中でも一番遠いところにあって、ほとんど意識したこともない場所だった。しかし今回調べてみると、僕の興味の…

教祖の息子

ある新宗教の教祖の長男が、ネットの動画配信者となって教団の暴露をしている。3年ばかり前からのことだが、今回初めていくつかをまとめて見てみた。 組織の内情の暴露といっても、単なる関係者と、教祖の家族しかも後継者として嘱望された長男とでは重みが…

金字塔 その他の塔

何かの業績をほめたたえるときに、「金字塔」という喩えを使う。少し大仰な響きもあるが、ごく一般的な用法だろう。ところが、ふとこの金字塔そのものが気になった。これはいったいどんな塔なのだろう。 無意識のうちにたぶんこんな正解を予想したと思う。昔…

天皇について少し

三島を読んで、天皇についていくつか思い出したことがあるので、それを少し。 30年くらい前だと思うが、ドゥルーズ・ガタリの『アンチ・オイディプス』を翻訳した市倉宏祐(1921-2012)の講演を聞く機会があった。最新流行の思想の話が聞けると思っていたの…

冬の霊山

通勤の途中で景色が開けた時、県境に近い英彦山の特徴あるシルエットを遠望することができる。大きく盛り上がった山塊の左隣に岩山の突起が三つ並んでいて、一目見て異様な姿に目を奪われる。さすが古くから修験の山とされているだけのことはある。(ただし…

豪雨のお盆

僕の実家には、お盆という習慣はなかった。両親には多少行事ごとがあったかもしれないが、子どもたちにそれが共有されたりその意味が説明されたりすることがなかったのだと思う。 初詣の習慣もまったくなかったのと同じように、戦中派で戦前の神国日本による…

6月30日

6月は、1日に僕の緊急入院と命の危機から始まった激動の一か月だった。入院中はいうまでもなく、16日に退院してからの後半も、職場復帰やリハビリに神経を使い、仕事でも私生活でも新たな再出発に向けて動き始め、中身の濃い毎日だった。 この先どれくらい生…

古事記を読む(中巻)

読書会で、中巻を読む。前半を扱った回は急用で欠席したので、議論に参加できたのは景行天皇からの後半だけだが、簡単にメモしておこう。 まずは、高千穂の宮から、神武天皇(カムヤマトイワレビコ)が、天下を治めるために東征して大活躍をする。道理で、僕…

坂の神様

「古事記」を読んでいたら、坂の神様、というのがでてきた。 山の神様とか、海の神様とかいうならわかるが、坂の神様というのはちょっと違和感がある。坂というのは、何かある実体というよりも、土地の傾斜という状態のことだろう。そこを切り出して、神格化…

『暗黒神話』と竹原古墳

古事記を読んでいて、諸星大二郎の『暗黒神話』を読みたくなった。古事記のエピソードがストーリーに組み込まれているのを思い出したからだ。 たとえば、タケミカズチに敗れて諏訪に逃れたタケミナカタは、漫画の中では、洞窟に幽閉された両腕のない怪物とし…

古事記を読む(上巻)

読書会で古事記の現代語訳を読んでいる。上巻を2回で読み終わった。せっかく読んだばかりなので、まずそのストーリ-の要所を自己流にメモしておこう。 天に神様が生まれる。彼らは、イザナギ・イザナミの男女の神を地に送り出して、国を作らせる。イザナミ…

鳥居の話

元乃隅神社はごく新しい神社だが、その姿には景観の見事さという以上の説得力が感じられる。断崖絶壁の岩場に立てられた鳥居は、参詣者のためのものというよりも、海からやってくる超自然的な存在を迎え入れるためゲートと考えるほうが自然だろう。 諸星大二…

元乃隅神社と諸星大二郎

萩の近くでは、元乃隅(もとのすみ)神社が、観光スポットとして、いつの間にか有名になっている。写真を見ると確かに魅力的なロケーションなので、二日目のメインの立ち寄り先に選んだ。 1955年の創建という新しい神社だが、白狐のお告げによるという稲荷社…

家族旅行と松陰神社

年末にバタバタとホテルを予約して、元日から一泊二日で家族旅行にでかける。家族4人で泊りがけのドライブに出かけるのは、ほとんど10年ぶりだ。長男の高校合格が決まって、そのお祝いもかねて津和野に行ったのが最後だった。それ以降は、子どもたちも自…

恵比須神社の遷座(せんざ)式

旧玉乃井旅館の玄関横に鎮座する恵比須神社。そのホコラの修繕と設置、鳥居の新築が終わり、ご神体を新しいホコラに移す、遷座式が行われた。玉乃井の玄関に紅白の幕を張り、祭壇を設けて、地域の神社の神主さんが祝詞がとなえ、玉ぐしが奉納される。 僕は、…

あちこちの南無阿弥陀仏

仕事関連で、一日に二カ所、葬儀に参列した。二カ所とも県内で遠方だったため、文字通り東奔西走した感じで、車の走行距離は250キロメートル以上になった。二カ所とも高齢の実母を亡くされている葬儀で、昨年の僕もそうだったが、同世代は中年を過ぎて親世代…

不空羂索観音の憂鬱

子どもの頃から、お寺が好きだった。近隣の武蔵野の素朴なお寺を自転車でみてまわった。高度成長途上の日本と我が家はいまだ貧しくて、関西への家族旅行などは考えられなかった。 だから、中学の修学旅行での初めての京都、奈良は、どれほどうれしかっただろ…

教祖の自伝

オウム事件の頃だったと思う。高校生の知り合いがいたのだが、彼は、当時オウムのライバル教団と目されていた教団に入れあげていた。今でもそうだが、出版活動を布教の武器にしている団体だ。 地元の進学校に通っているその若い知人には、何回か直接話したり…

砕けるような祈り

世間では、桜の花盛りである。ぼうっとした薄いピンクの雲がまちのあちこちに広がっている。公園や道路などの土地の造成で、そこら中に桜を植えすぎている気さえする。村里の遠景に、桜が一本目をひくくらいの方が、なんだか好ましい。 夕方、大井川の岸辺を…

木で作る話

ずいぶん久しぶりに筑豊山中の木工の展示会に顔を出した。夫婦と帰省中の長男と3人、正月のドライブを兼ねて。工房「杜の舟」の主人内野筑豊さんは、絵や文もたしなむ才人で、常に新たな造形を生み出す作家性と、ていねいに作品を作りこむ職人気質を兼ね備…