八五郎「おい熊公、お前さんとうとう大井の里山の縦走の山道を見つけたっていうじゃねえか」
熊五郎「八っつあん、さすがに早耳だね。大井林道を上がって、ため池の先の林道の終点の所から、山の斜面をのぼれるんじゃないかと、おれは密かににらんでいた。先日そこをふらっと登ると、植林の間には歩きやすく踏み固めた道もあって、あっさりと峰の西の端に出てしまった」
八五郎「なるほど、峰っていうのは、大きな雑木が並んで雑草もなく、眺望もあったりして、意外と歩きやすいもんだ。それでおめえは、三角点のある頂上までゆうゆうと歩いたわけかい」
熊五郎「馬鹿を言っちゃいけない。三角点の手前の斜面には竹藪が侵入しているから、それをかき分けながらの強行軍さ。ただ、そこからは勝手知ったる峰伝い、東の端に鎮座ましますヒラトモ様に今年初めてのお参りをしてから、東の斜面を下り、林道をマスマルまで下りてきたという次第」
八五郎「おれは、前々から、大井の里山は、両肩をいからせた神様の影絵みてえなもんだと思っていたが、お前の話を聞いてひらめいた。大井林道は右手だ。植林の斜面は二の腕で、お前はそこから神様の右肩にのったわけさ」
熊五郎「するってえと、山頂の三角点のある古墳のあたりが神様のありがたい頭、峰をたどった左肩にはヒラトモ様がましまして、雑木林の斜面が二の腕、マスマル林道が左手の前腕っていう寸法か」
八五郎「まちがいねえ。なんでも西洋には蝙蝠男(ばっとまん)という神様がいるらしいが、大井の里山の影絵はちょうどそれと似ているかもしれねえ。ついでに言えば、ミロク様は神様の左胸、大井炭鉱の坑口はおへそということになるかしらん」
熊五郎「八公、謎が解けた」
八五郎「どうしたんだい、熊さん、急に真っ青な顔になって」
熊五郎「大井には昔、権現山という名前の山があって、そこに由緒正しい国玉神社が祀られていたという話だが、今ではそれがどこなのかわからなくなってしまった」
八五郎「それがどうした。権現とは、異国の神である仏様が、日本の神様の姿で現れたという意味だろう。権現山というからには、神様の尊い姿が思い浮かべられる山にちがいねえ」