大井川通信

大井川あたりの事ども

「わが人に与ふる哀歌」 伊東静雄 1934

 

太陽は美しく輝き/あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ/手をかたくくみあはせ/しづかに私たちは歩いて行つた/かく誘ふものの何であらうとも/私たちの内(うち)の/誘はるる清らかさを私は信ずる/無縁のひとはたとへ/鳥々は恒(つね)に変らず鳴き/草木の囁きは時をわかたずとするとも/いま私たちは聴く/私たちの意志の姿勢で/それらの無辺な広大の讃歌を/あゝ わがひと/輝くこの日光の中に忍びこんでゐる/音なき空虚を/歴然と見わくる目の発明の/何にならう/如(し)かない 人気(ひとけ)ない山に上(のぼ)り/切に希はれた太陽をして/殆ど死した湖の一面に遍照さするのに

 

大学生の頃、伊東静雄が好きだった一時期があった。彼の詩は一見するととっつきにくく、たいして意味のないことを歌っているようでいて、よく説明はできないものの妙にひかれるところがあった。

暗唱できる詩を増やそうと思って、初めて意識的に彼のこの代表詩を覚えようとしたのだが、今の衰えた記憶力でもすぐにすらすらと口にできるようになった。ぎくしゃくした詩句に見えて、詩全体が緊密に構成されており、言葉のつらなりが自然なのだ。

「『万葉集』以来のあらゆる恋歌のなかで、最もメタフィジック(形而上学的)な美を感じさせる」という郷原宏の評も、繰り返し口にすることで納得できるようになった。