一年ぶりに大村龍太郎さんに会う。穴八幡でお参りした後、下の交差点で信号待ちしていると、さっそうと自転車に乗る大村さんと偶然顔を合わせる。大村さんも早稲田の人になったのだと実感する。
いったん別れて、約束の時間に大隈庭園の入り口のカフェへ。まず、僕の大村さんへの宿題だった金光教研究の成果をまとめたバインダーを渡す。僕の金光教論のおおよそについて賛同してもらえたように思う。それは一宗派の問題ではなくて、日本文化のあり様や教育の根幹にかかわるような問題だ。
大村さんからは生成AIと教育とのかかわり等についての話があって大いに刺激をうけた。ただ、この問題では僕は平凡な反応しかできない。それで、僕は、大村さんが教育学者としての道を歩みだすとき、僕からの挑戦として提起した問題を蒸し返してみた。僕の実体験から少し考えが進んだからだ。
教育学にしろ教育行政にしろ、人間の上り坂の時期を対象にしているだけではないのか。その時期は放っておいても成長できるだろう。上り坂以降の横ばいとだらだらとした長い下り坂の時期も踏まえた学びの理論(これは「生涯学習」などというものではない)が必要なのではないか。
僕自身、今急傾斜の下り坂の真っただ中であるにもかかわらず、個人の学びとしてはおそらく今までで最高の成果をあげている。これができているのは、上り坂と横ばいの時期に頑張り過ぎずに手を抜いて、種まきだけをしつつ性急に答えを求めなかったからであるような気がする。
生涯にわたってパフォーマンスを維持するためには、こども期に「理想的な」学習環境を与えるのはマイナスであるかもしれない。トップレベルの学びの成果を生み出すのは、利己的・競争的な主体性ではなく、日本人の底流にある「万物(人、生き物、モノ)の幸せと立ち行きを願う無私の心」(金光教に純粋に保存されているような)ではないか、という話にもなった。
僕は、学生時代、早稲田で中途半端な生活と貧弱な学びしかできなかった。それを後悔する気持ちが強かったが、今こうして学び直しができるなら、それでよかったような気持ちになる。こう思えたのも大村さんのおかげだ。
4時間半たっぷり話して、カフェの前で別れる。大村さんを見送った後に振り返ると、カフェの低い屋根に大柄な鳥が飛び移ってきた。オナガだ。オナガは、11年前に大村さんが東京の大学院に自費で進学した時、僕が最初のメールでクイズに出した鳥だ。九州にいなくて、関東にいるカササギに似たカラスの仲間はなんでしょう?
大村さんは答えを見つけてくれたのだろうか。