大井川通信

大井川あたりの事ども

「へこむ・凹む」再論

国木田独歩の短編を読んでいたら、こんな文章を見つけた。

「僕が高慢な老人を凹ましたかのか、老人から自分の高慢を凹まされたのか分からなくなったが、兎も角、少しは凹ましてやった積で宅に帰り、この事を父に語った」(「初恋」1900)

まさに、凹むのオンパレードである。凹むの文例としてこれ以上のものはないだろう。これを読んだら、近代文学の中で、こうした用例はいくらでもあるような気がしてきた。

念のため、手元の『広辞苑』(第4版  1991年)を開いてみると、「①物の表面がくぼむ。おちこむ。➁損をする。減る。③やりこめられて屈服する。よわりくじける。」というふうに、三番目に「よわりくじける」という意味が明記されている。

どうやら、30年前においても、この用法が、まったくの新語だと考えるのは無理があるようだ。やはり、僕が感心したのは「凹む」ではなかったのか。あるいは、あのネット記事にもいくらかの根拠はあり、当時の若者の間で古くからの用法がにわかに脚光を浴び、新鮮な感覚で使われるようになったのか。

僕の疑問の解決は先送りとなって、凹むしかない。

 

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不一致と定点(昔書いた演劇メモ➁)

前回の理屈を踏まえると、現代演劇のいくつかの特徴、というかうま味のあるポイントをあげることができる。

1.役者と役柄との不一致  同じ役者が複数の役柄を演じたり、あるいは同じ役柄を複数の役者が演じたりすること。または、役柄を離れた役者が、舞台上に存在し続けたりする。はじめから役者と役柄との間にスキマがあるから、これらのことが可能になる。岡田さんはどこかで、役者が舞台から「はける」のが嫌いだといっていたが、なるほど彼の芝居は、役者は始終舞台脇にすわっている。先日観たハイバイの芝居では、ある役者が一時的に演じていた役柄から本来の役柄に入れ替わるとき、役者の身体がチューブみたいに新しい空間を絞り出す瞬間があって、実に魅力的だった。

2.舞台と場面との不一致  簡略な舞台がそのままでいくつもの作品世界の場面に切り替わったり、あるいは同じ舞台上でいくつかの場面が同時に存在したりすること。

3.舞台と時間との不一致  作品世界内の時間は、さかのぼったり、ワープしたり、自然の時間の経過と違った流れ方をする。また同じ舞台上で、いくつかの違った時間が流れたりする。

4.舞台と客席との干渉  役者が客席に座ったり、そこを歩き回ったりするだけでなく、舞台上から観客に話しかけたりする。

5.つなげるモノ=定点  演劇の魅力が記号と意味との干渉であるならば、目前の舞台上で、人・場面・時間それぞれが大きく揺さぶられたり、ねじれたり、ゆがんだりすることになる。作品がある統一をもった世界として提示されるためには、最低限、その振幅を支える「定点」が必要になる。その定点は、意味と記号、虚構と現実との揺らぎをつなぎとめ、作品世界をとりまとめるカナメとしてそれ自身多義性を帯びて舞台上に存在し続け、物語はその定点に意識的・無意識的にかかわりつつ進行する。

※たとえば、ピーターブルックの『魔的』では無数の竹の列柱が、ハイバイの『ある女』では長椅子が、サンプルの『自慢の息子』では舞台をおおう布が、『冬の盆』ではやぐらが、それにあたる。それは必ずしも物である必要はなくて、柿食う客の『ゴーゴリ病棟』では、ダンスをする役者たちの身体のかたまりとうねりが、作品を取りまとめるリズムを生み出している。

 

 

 

 

記号と意味(昔書いた演劇メモ①)

数年前小劇場の舞台を見始めたころ、最初に引っかかったのは、岡田利規の「役柄と役者の一致ということが、演劇を面白くなくしている正視に耐えないウソだ」という言葉だった。僕は岡田さんの芝居自体にはそれほど惹かれなかったのだが、彼の言わんとするところは徐々にわかってきて、その観点を引き延ばすことで、現代演劇の仕組みについて理解できると考えるようになった。

たとえば「記号と意味」という比喩で考えるとすると、とりあえず物質的なものである記号は、意味を表すかぎりで自己の身体を透明にする、といえるだろう。記号の使命は、自分をできるだけ透明化して、意味に送り届けることであると。

すると、役者という記号は役柄という意味に、舞台装置という記号は作品世界という意味に、舞台上の時空間は作品世界の時空間へと送り届けられて、そしてもちろん観劇者は記号ですらなく何物も意味してはならないことになる。

しかし、これを徹底させると、舞台上の全てが見事に無化して透明化してしまい、一回的な今この場における演劇である必要はなくなってしまうだろう。それは映画や小説と変わらないものになってしまう。

岡田さんが言っていたのは、演劇の存在意義と面白さは、記号がむしろ完全には透明化せずに意味の世界と並び立って、記号と意味が干渉しあうところにある、ということだろう。

役者がどんなにうまく演技したところで、それが目前の舞台での演技である以上、100パーセント役柄の人物そのままだと見せることは不可能だ。多くの舞台では、最後に役者たちは役柄での関係を離れて観客に挨拶するが、それがとくに「種明かし」になるわけでもない。これが、映画や小説だと、役柄の虚構性には触れることなく物語は閉じられる。役者と役柄の一致は守られるべき生命線となる。

舞台において、役者と役柄の一致が正視に耐えないウソだという理由は、それが舞台と観客で共有する見え透いたお約束であって、映画や小説の拙劣な真似事に過ぎないからだろう。

 

 

 

じろじろみる/じっとみる

昔みた演劇のパンフレットをみていたら、演出家の倉迫康史さんが、こんなことを書いていた。倉迫さんのつくる小劇場の舞台が大好きで、『夜と耳』は僕のみた最高の舞台だったと断言できる。

「演劇とはそもそも官能的な体験なのだと僕は思います。だって生身の人間をじっと見詰め、その声に聞き入る行為なのですから・・・どうぞ観劇という官能的な体験にトリップして、心ゆくまでご堪能ください」

観劇という経験が特別なのは、生身の人間を直にじっと見続けるという、通常ありえない振舞いだからだろう。生身であるが故の主体性によって、こちらが見返されるという緊張感をはらんでいる。

小劇場の舞台で「気まずさ」や「いたたまれなさ」を感じるのも、この直の関係を意識してしまう時だ。つまらない芝居の場合には、うまくこの関係を「官能」へと変換(トリップ)できないから、そうなるケースが多い。

ところで、夏目漱石の文章を読んでいたら、ロンドン留学時代の体験についてこんなことが書いてあった。ロンドンで漱石が歩いていても、物珍しそうにじろじろみたり、からかったりするものはいない。当時の日本では、東京でも他人のことをじろじろ見るのが当たり前だったようだ。この点では、現在の日本(特に都会)では、「儀礼的無関心」が徹底されているだろう。

ただ、じろじろ見るのと、じっと見るのとは違う。じろじろ見るのが得意なかつての日本人も、対面で人と話すときに、相手と目線をあわせるのは苦手だったような気がする。じっと見ることもまた、文化的な訓練のたまものなのだろう。

 

 

 

 

 

『漱石文明論集』 三好行雄編 1986

岩波文庫の一冊を、購入後20年して読んだ。『吾輩は猫である』からの流れなのだが、漱石の評論をじっくり読んだのは初めてだ。読んでよかったと思う。自分の年齢と読書量を考えると、何を読むべきか優先順位をつけることの大切さをあらためて感じる。

漱石は子どもの頃から好きな作家だったし、柄谷の漱石論を読みかじったりしてその思想の深いことに気づいてはいたが、まさかこれほどとはという感じ。自分の中で、卓越したユーモアと男女の三角関係を得意なテーマにした作家というくらいのイメージしかもてていなかったことに気づく。

100年前以上の評論だけれども、文章が生きている。まさに思考する文体だ。だから、もっと読みたくなる。自分の実体験からつかみとった問題を考え抜いて、その核心に独力で言葉を与えている。第一級の批評の仕事だ。

だから、今の時代になっても、いや今の時代になったからこそ、その思想の徹底性と普遍性が鮮やかであるような気がする。漱石以後、日本が国際社会で力をつけて、戦争や経済成長により、西洋対アジア(中でも弱小国日本)という構図があいまいに薄れてしまった感があった。漱石の考えた課題など明治日本の古い問題であると。

ところがどうだろう。アメリカの巨大企業の台頭と中国の復活のはざまで、日本のポジションは当初の位置に戻りつつある。漱石は、カタカナ語でなく自分の言葉で考えよといい、実業と拝金主義の流行に警鐘をならす。東西の思想の根本の違いを論じて、日本の言論の混乱をただす。

宴のあとの日本で、漱石の言動と生き方はむしろ新鮮だ。

 

『仮面の告白』 三島由紀夫 1949

三島の自選短編集を読書会の課題図書で読んだのだが、どこにもひっかかるところがなく、付せんも貼れなかった。小説でもこんなことは珍しい。これでは読書会でしゃべることがない。

それで大慌てで、手持ちの『仮面の告白』を読んでみた。こちらは面白く、付せんもたくさん貼ることができた。短編集では、登場人物たちに作者の同情や共感が感じられずに操り人形みたいな感じを受けて興ざめしたのだが、若い三島が自分をモデルに書いているだけに、十分すぎるくらい気持ちが入っていて展開に釣り込まれる。

ここに書かれていることは、現在の観点からいえば、性的マイノリティであり身体的な弱者である主人公が世間の規範や差別と葛藤しながら、対世間の仮面を使いわけることで自己認識を深めていく物語と読めるだろう。いやむしろ、それ以外に読むことは難しいのではないか。

ところが文庫に収められた当時の文芸評論家の解説を見ると、「仮面」についての思弁を展開するのみで「戦後文学の最上の収穫」といったあいまいな賛辞を送っている。当時はまだ、性の問題が独立して思想的、社会的な課題として共通認識されておらず、あくまで個人が自分で認識すべき文学上の課題ととらえられていたことがわかる。

富裕な階層で育ち、文学に親しんだ三島が、戦時中も国家のことをさほど意識せずに自分の問題にかかり切りになっていた様子や、徴兵を免れる努力をしていたこと、敗戦にもさほどショックを感じていないことなども面白い。後年の『憂国』の勇ましい姿はここには見えない。

ただ、今になって振り返ると、二十歳までには死ぬと思って生きざるを得ず、いざ二十歳になると、敗戦後の焦土の上でまったくの別世界に投げ込まれた「戦中派」という特異な世代の刻印は、三島にもしっかり押されているように思える。

小説家としての成功の場所に安住できず、肉体改造や楯の会へと「漂流」し、自分なりの「原則」に殉じたその姿には。

 

 

 

 

『花ざかりの森・憂国』 三島由紀夫 1968

新潮文庫に入っている自選短編集。読書会の課題図書で読む。

三島自身の自己解説を読むと、その内容と技術にはかなり得意な様子がうかがえる。また三島自身がその思想や生き方で、さまざまな論点を提示している人だから、読書会での議論も、その論点を取り上げることで盛り上がった。

ただ、なんだろう、この諸短編の小説としての面白く無さというのは。

もちろん、読者を喜ばすような様々なテーマや、作者本人にとって大切なモチーフが語られているのはわかる。語彙も豊富で文章も上手だ。ただ、小説として何とも薄っぺらくて、読むにたえないような気すらするのだ。

たとえば、『百万円煎餅』という短編では、ストリップの「白黒ショー」を商売にしている若い夫婦の意外に堅実な暮らしぶりと人柄を描いて、そのギャップを肝にしているのだろうが、まるで面白くない。小説として成立しているかも疑問なほどに。その原因は、作者自身にこの夫婦に対する同情や共感がおそらく皆無だからだろう。人物も世界も芝居の書割めいて少しも生きて立ち上がってこないのだ。

文章や構成にたくみな技術があっても、小説に命を吹き込む大切な何かが欠けているという感じは、渾身の作であるはずの『憂国』にも濃厚だ。

こういういわくいいがたい感想は、読書会で共有されることはまずない。読書会は、分かりやすく目立つ論点で議論がどんどん先行してしまう場所だからだ。今回は、知人の一人とこんな感想を共有することができたので、自分一人の的外れな感想ではないかという疑いを免れることができた。僥倖というべきか。

 

ナンシー没後20年

ナンシー関が亡くなって、20年。それが6月なのは覚えていたが、日付まで意識したことはなかった。これからは彼女の忌日は大切にしたいと思う。

ナンシー関(1962-2002)は、僕が一番同世代を感じた好きな書き手だった。年齢は一つ違いで、ほぼ同じ時代の風景を見てきた人だった。ナンシーが「晩年」にだいたいこんなことを言っていたのが印象に残っている。

少し前までは、自分が見たり聞いたり考えたりしていることを、世の中に発信することに何のためらいもなかった。つまり、自分や自分の世代が、世の中の中心であることに疑いをもっていなかった。それが、少しづつずれてきたのを感じる。

これは、どういうことか。おそらくナンシーのこの発言は、30代の半ばをすぎてのものだったと思う。20代のうちは、既存の社会の仕組みや大人たちの価値観に対して、自分たちの感覚で違和をぶつけていくのが正義だった。実際、世の中も若者が望む方向に改変されていく。ところが30代後半になると、むしろ自分たちが旧社会の一部となって、新しい感覚をもった世代から突き上げられる側に回るようになる。敏感な彼女は、そんなことを感じ取っていたにちがいない。

そしてナンシー関は、ワールドカップ日韓共催をテレビが騒ぎ立てる中、40歳になる直前に命を落とした。それから20年。ネットの時代が始まり、僕もあれだけ好きだった、彼女の主戦場であるテレビをまったく見なくなった。

還暦をすぎると、自分の言葉の根拠を無反省に「世代」(自分の体験や感性)に置いていたのでは、社会の端っこからの戯言に過ぎなくなる。なかなか苦しい立ち位置だ。ナンシーの早すぎる死は不幸だとしか思えなかったが、全盛期のままテレビの時代をかけぬけたのは、今振り返ると彼女の類まれな才能の一部だったような気もする。

 

 

『まだまだ身の下相談にお答えします』 上野千鶴子 2022

朝日新聞身の上相談コーナー連載記事からの三冊目。新聞連載時にも時々目を通していたが、どれも面白く、心に残る。他の相談者のものとは格段にレベルが違う気がする。

やはり男女の関係、家族の関係を主戦場にした理論活動をしつつ、実際にそこで戦ってきた人だからだろう。しかも真面目一方でなく、そこで「遊ぶ」余裕もあるのだ。なにしろ初期のヒット作が『セクシィ・ギャルの大研究』なのだから。

話はまったく変わるが、僕は家ではネットの動画をみて暇つぶしをすることが多い。動画の内容には、そのつどマイブームがある。昨年末くらいからは競馬の動画ばかりをみていたが、そのあとには、ネット掲示板のまとめの動画をよく見るようになった。

実際どういう仕組みなのかわかっていないと思うのだが、とにかく、夫婦や親族、男女の問題などを書き込んだ掲示板での匿名のやりとりを、短時間の動画にまとめるのが流行っているようだ。「釣り」と呼ばれる創作要素もかなり含んでいるようだが、小説や映画顔負けの人生模様を知ることができて面白い。

はじめ夫婦の浮気ものばかり見ていたのだが、報告者の「汚嫁」と「間男」をめぐる攻防と、それを応援する「スレ民」とのやり取りには緊迫感がある。それらを読むと、ごく普通の人たちの体験と思考と文章力に感心することが多い。

ただ、ずっと読んでいて食傷気味になるのは、彼ら彼女らのバックボーンである倫理観があまりに一本調子なところだ。これはネットのコメント全般に見られることだけれども。

ここにきて、ようやく上野に戻る。全国紙の紙面での身の上相談ながら、上野のコメントのふり幅と奥の深さ、自在さは、ネットのそれとは比較にならない。やはり年季が違うということか。

 

 

 

 

へこむ・凹む

以前からちょっと気になっていたことがある。「押す」という言葉がアイドルの応援という場面に転用されてなるほどと思ったように、かなり以前に、ある言葉の転用に納得させられたことがあったのだ。

もう30年以上前で、20代で塾講師をやっていた時だった。講師仲間が、気持ちが落ち込んだりしたときに使う言葉が新鮮で、なるほど文字通りそういうことだなと納得した。その経験が新鮮だったので、そのあと何度も思い出そうとするのだが、その言葉をこれだと思い返して確信をえることができないでいる。

今回、せっかくだからこの疑問に決着をつけよう。いつも思い返すのは、おそらく「へこむ」という言葉だ。つらいことがあって気持ちがペコっとへこんでしまう。うまい表現だし、実態にあっている。

しかしなぜそれが、あの時新鮮な衝撃を受けた言葉だと思えないのか。おそらく、この言葉が今ではあたりまえの日常語になってしまったからだろう。実際、新語(新用法)といえるものなのかさえわからない。

それで、ネットでざっと調べると、今から15年くらいまえの記事で、これが「へこむ」という言葉の比較的最近の用法で「新語」の仲間に入れていいと書いているものを見つけた。それが本当なら30年以上前の僕の耳に新鮮に聞こえてもおかしくないだろう。

「凹む」と表記すれば、まさに気持ちのへこんだ人間の姿そのままの形だ。ここまで調べて、当時の驚きが少しよみがえる気がした。