※5回にわたってブログに連載した記事をまとめたもの。変更等はしていない。
『金光教の本質について』(高橋一郎1949)を読む
【教えの外部に立つ】
この本は、井手先生と出会ったばかりの時に紹介されて、ネットの古本屋で手に入れて読んで、この教えに対する信頼を与えてくれた本だ。この本に出会わなければ、行橋教会への月参りや野中先生との勉強会を始めることはなかったかもしれない。
僕は宗教というものに距離を取って生きてきた。その立ち位置からあえて特定の宗教に肩入れすることは難しかった。特定の宗教を信じている人は、自分の生まれや知人との出会いなどの「偶然」のかかわりをその端緒にもっている。信じてしまえば、出生や出会いは「必然」と了解されてしまうだろう。これは政治的なイデオロギーなどでも同じことだ。宗教やイデオロギーの信奉者は、入門以前の端緒に立ちもどってゼロからその内容を点検し、自分の選択を反省するという姿勢はもっていない。
無いものねだりなのかはわからないが、それが僕に物足りなく思えるところだった。ところが、高橋一郎は、この本の第一章「金光教徒たることの反省」の中で、入門以前の場所にピタリと焦点を定めて、そこを論述の出発点にしている。
「我々が本教を信じるということは、わが生命が自由なる決断にもとずいて、本教徒になるということである。何者にも囚われることのない絶対自由、独立の人間生命が、自ら進んで、自らを本教徒として具体化すということである」(3頁)
井手先生も、若い時にこの本に出会って高橋のいう「反省」という言葉にひどく戸惑ったと話してくださった。まっさらな自由独立の人間として、金光教を選び取れるかと問い、しかも「今月今日」、一刻一刻の問題として、その選択をし続けることができなければ真実の意味における金光教徒ではない、と断言する。実に厳しい言葉だ。若き井手先生が戸惑ったというは無理のない話だと思う。
ただ、この厳しさがあればこそ、三年前に全くの部外者だった自分の心をひきつけ、納得させることができたのだろう。その時は、これほどの本が、金光教関連の出版社でも購入できず、古書店で見つけることも難しくなっていることが不思議だった。
今回読み直して、その理由がわかるような気がした。二度目に読んだのは昨年で、単身本部教会に参拝するときの新幹線の中で背中を押してもらうという、いわば非常時の読書だった。僕はその時の金光様の取次で、高橋一郎先生への感謝を伝えてもらったのだ。
だから久しぶりに冷静にこの本を読んでみると、熱量の大きさと内容の濃密さと厳しさにあらためて驚かされた。今年初めに『概説・金光教』の熱さに心を動かされたが、それどころではない。
この三年間で、僕も現在の金光教のあり様が多少わかってきている。井手先生や野中先生とのおつきあいを通じて、今の教内の雰囲気になじんできているところがある。正直なところ、今、教内でこの内容を受け止めることは難しいだろうと思えた。ただし、若き日の井手先生が手に取ったように、上の世代がこの書から大きな影響を受けたことはまちがいないだろう。それは、やはり戦争の経験が大きかったのだと思う。
1912年生れの高橋一郎は、15年戦争の渦中に青年期を過ごした。高橋正雄の息子として教団の内外の事情に通じていたはずだ。難儀な氏子を助けるはずの教えを説きながら、何百万人という人々を死に至らしめた戦争に、結果としてなすすべなくのみ込まれたという事実から目を背けることはできなかったのだろうと思う。
高橋一郎は、従来の教えの中にそのまま居座ることは到底できなかった。戦争という巨大な人災が、彼を教えの外にたたき出したのだ。教えの外部に立たされた者が、もう一度、金光教を選びなおすことができるのか、という厳しい問いかけに応えようと心血を注いで書いたのが、本書だった。おそらくこの問いに納得のいく答えを見つけることができなければ、信仰を捨てるくらいの覚悟をもって臨んだのだと思う。平明であるが厳格で一分の隙もない行文に、その覚悟がにじみ出ている。
ただし、当時は同様の思いを抱いていた教団関係者は多かったのだろう。本書は、終戦間もない時期に若い学生たちの要請によって書かれ、昭和24年に出版されている。ちなみに僕が手に入れたのは昭和41年(1966年)の三版で、それ以降の版はないようだ。高度成長期を経て戦争の記憶が薄くなってからは、本書のもつリアリティは急速に失われてしまったのかもしれない。
【生命の大願】
では、いったん金光教徒であることを白紙にして、一人の人間に立ち戻った時、高橋一郎はそこに何を見るのか。その内容が第二章の「人間の願」に描かれている。これは、自他を含めて全体の幸福を願い求めることである。少し長いが引用しよう。
「一事一物も犠牲にせず、自分と他人も、精神も物質も、人間も牛馬も、全世界のことより、箸の上げ下ろしに至るまで、すべての事、すべてのものが、各々その本分を尽くして立行くことのできるような世界と、それをめざしての生き方。自分のために他を利用するのでもなく、他のために自分を犠牲にするのでもなく、自他もろともに、天地人生の全体が生甲斐を感じて幸福であり得るような世界を、生命は心の底から願うており、そういう世界の建設を願うて生きる生き方こそ、我々は人間としてのほんとうの喜びを感じ得るのではなかろうか。自分と自分を取り巻く天地人生の一切万物が、共にその本分を尽し、各々其の生を全うして思い残すことのないような世界を求めて止まないのである」(10頁 ゴチック体は引用者)
このような大願とも至願ともいうべきものが、宗教の教えを離れた人間生命そのものに端的に内在することの「発見」が、本書の根底をなす眼目なのだと思う。
現代のわれわれは、これらの言葉を建前として形式的に冷めた視線で眺めがちかもしれない。しかし、長い戦争の時代の渦中にいた著者はどうだろうか。終戦直前では隣県の広島に原爆が落とされ、人間の意志によって落とされた爆弾によって数十万の人間の命を奪い、生き残った人々に塗炭の苦しみを味合わせている。地獄絵図のただなかにあって、上記の願いは、人々にとってそう願わずにいられない心の底からの思いだったはずである。
高橋一郎は、戦争の衝撃によって教えの外にはじきとばされ、それがためにこの生命の大願をありありと自らのものとして実感し、発見することができた。
では、なぜ、教えの外でないといけないのか。たとえ金光教の教えであっても、教えの内側でこの認識を得るのは難しい。まして他の宗教や学問では、人間の存在は恐ろしく切り縮められた貧相な存在でしか了解されない。
例えば浄土真宗の勉強をすると、その教えの中身は、人間というものがいかに悪であるかが繰り返される。親鸞をはじめとする善知識は、優れた人間であるから尊敬されるのではなく、人間の悪を徹底的に自覚しているがゆえに(つまり自覚を持った悪人であるがゆえに)モデルとされるのだ。なんたる倒錯。
身近な例を出そう。僕が知っている学生運動出身の在野の哲学者のことだ。自費出版の二冊とネット上に膨大な量の原稿を残してすでに亡くなっている。彼の人間観は、自他は相争うしかないというもので、生涯にわたって自他の概念の裂け目を架橋するために自己流の論理のアクロバットを繰り返していた。目の前の命の営みの中に、自他の境界を乗り越える場面などありふれていることに目を閉ざして。またその人間観のゆえか、他者をののしり自分の思考の優越を誇示することを、少しもためらわなかった。
言葉は二項対立の切り分けを根底とする。学問であれ宗教であれ認識の世界に軸足をおくと、人間は、限定と争いと悪の相でしか描かれないことになる。すると高橋一郎のいう「生命の大願」は抑圧され、人間とは切り離された別次元の超越者に投影されることになる。
浄土真宗ならそれは阿弥陀の本願ということになり、経典を勉強してそれを解釈し、阿弥陀によって救われる道を探ることのみが重要になる。くだんの在野哲学者の場合は、自分の理論的努力のはての新しい存在論の構築が、「生命の大願」への唯一のルートとなる。これらはどれほど大真面目であろうとも、根本的に転倒した道筋だろう。
では、こうした倒錯に足をすくわれずに生命の大願をまっすぐに自覚した人間が、なぜ宗教に向かい、その中でも金光教を選ぶことになるのか。おそらく、このような理屈付けは、どの宗教によるものでもたいてい護教論となり、バランスを欠いた独りよがりに陥ると思う。ところが、高橋一郎は、この難題を、まさに金光教にしか通れないルートを通って、説得力をもって論じているのだ。
【大願の流れ】
人間は本来、宗教や哲学という制度の外においても、生命の大願として、「天地人生の万物万事が、細大洩らさず立行立栄んことを、心から願う」と高橋一郎はいう。しかしこのような大きな願いは、冷厳なる現実にぶつかって行き詰らざるを得ない。
この行き詰まりが本物で危機が深ければ、「人間の力と思いを超えた或るもの、或る大いなる力にすがる、たのむ、祈るという世界」が開けてくる。これが宗教の世界だ。
清沢満之の言葉を使えば、有限である人間が無限に向き合うところに宗教が成立する。清沢は、宗教の目的は、有限と無限との関係を明察することだとシンプルに定義する。ここでは、人間と宗教との出会いは必然的となる。しかし、特定の教派や教団との関係はどうなのか。清沢は当然ながら、それを語ることはない。
しかし、高橋一郎は、ここから、金光教という選択を必然として提示する。自分が挫折せざるをえなかった生命の大願を、金光教がありありと実現しているからだという。
金光教には、何よりも、生涯をかけてこの大願の祈りに殉じている金光様がいらっしゃる。さらに金光様を通じて、教祖以来の祈りが綿々と受け継がれ、教会の先生を通じて自分の所にまで届いている「願いの流れ」が存在しているのだ。
人間の力と思いをこえたあるもの(生命の大願)が、一つの流れとしてありありと現に存在することに触れたら、その祈りに加わらざるをえないと高橋一郎はいう。
しかし、どうだろうか。どのような宗教団体であっても、自分たちは神の願い(生命の大願)に連なるものであって、それは教祖以来一貫していると主張するのではないか。高橋一郎は、金光様や教会の先生の内面には、生命の大願が満ちていると説明するが、それは外部からうかがうことができないものではないか。現にペテンであることが発覚した宗教団体の教祖であっても、言葉の上では神の言葉をもっともらしく語ったりしているのではないのか。
実際のところ、僕の体験上も、生命の大願を、教祖以来の金光様を軸として津々浦々の教会にまで浸透させている金光教は稀有な存在であり、この点では高橋一郎の説明は納得できる。しかし上述のような反論にそなえるためにも、金光教の外部にいる人間には、もっと端的な説明が必要であるように思われる。
それは、内面や言葉の問題でなく、振る舞いや行動や組織の次元の問題だ。
もし本当に万事万物万人の幸福を祈るというのならば、少なくとも人間に関して、教内の人であろうとなかろうと、所属や主義主張、財産や国籍などで対応に一切の差別を設けたらおかしいだろう。あるいは、組織内に権力関係や序列を設け、財貨や服装や役割分担等での明らかな不平等を許していてはおかしいだろう。
つまり、実際には営利企業と変わらないような組織や人間関係を維持しながら、万物への慈悲や愛を説いたところでまるで説得力がないということだ。残念ながら、そういう教団の方が一般的だろう。
では、金光教はどうなのか。本部の教会では、教団のトップである金光様が、一年中早朝から夕方まで座って、すべての訪問者に区別なく一対一で会い、その願いを聞き届けている。そういう暮らしぶりだから贅沢もできないだろう。服装は、教団の研修生とまったく同じ質素な和装だ。トップがこうであるから、全国の教会長のふるまいもそれにならっている。
僕は、この教団の姿に衝撃を受けた。人間の宿痾である権力と差別にあらがうという驚くべき営みを、さりげなく当たり前のことのように百数十年に渡って続けている。この教団としてのふるまいの背景に、高橋一郎のいう「生命の大願」が流れていることを疑うことはできないだろう。
【取次生かす/取次助ける】
独立にして自由な人間が動かされるのは、言葉ではなく、同じ人間の具体のふるまいや心からの願いに接したときであるという真理を、高橋一郎は本書の要に据えている。
これは、たいていの人が体験的に知っているにも関わらず、理屈や観念の世界に迷い込むと忘れがちな真理だ。僕は、教育行政の仕事をしていたから、この倒錯を現場をよく見てきた。たとえば近年では、主体的な学習(アクティブラーニング)を子どもたちに求める声が大きいが、それを全く主体的な学びができない教師が知識や技術で身に付けさせようとする。学びを喚起できるのは学ぶ人間の姿であり、願う心をひきつけるのは、実際に願う人の姿だけなのだ。指導書の理屈が人を動かすことができないように、経典の中の論理が人をつかむことはできない。
それでは、なぜ金光教は、天地人生の万物への願いを立ち上げ、それを一貫した流れとして現実化することができたのか。
それはおそらく人間の願い=助かりというものを、適切に取り出し、それに対応する仕組み(取次)を生み出すことができたからだと思う。教団の内部では、それは自明の営みだろう。しかし、外部の視点をもつ高橋一郎は、二つの概念の区別をつけることで金光教の達成を普遍的な言葉で説明しようとする。
それは「取次生かす」と「取次助ける」との区別である。人間存在を含む万物は「生かされて在る」、つまり「取次がれて在る」ことになる。これが世界始まって以来の天地金乃神の「取次生かす」働きになる。
この概念を置くことで、仏教の因果の法や自然科学の宇宙観などの普遍的な思想(世界宗教)への連絡も可能になる。高橋一郎の本を通じて、自然科学者が金光教に入信したという事実がこれを物語る。高橋一郎自身も浄土真宗の曽我量深を師として慕い、西田哲学等を学んでいたのだから、仏教や哲学との整合性を十分に意識していたはずだ。
しかしこの普遍的な働きだけでは、人間は真に助かることができない。人間のみが言葉をもち言葉によって観念の世界を生み出し、複雑な人間社会を生み出すことで新たな悩みや苦しみを招いているからだ。
しかし天地金乃神には「口がない」。ここに「取次助ける」ために金光大神が登場する必然性がある。
人間には言葉によって「取次助ける」ことが必要だ。このため取次は、一対一で向き合い言葉による納得とおかげを求める場所となる。金光教はこの取次を教えの中心にすえることで、人間の真の願いを十全に受け止め、人間を助けるための「願いの流れ」を生み出すことができたのだと思う。
ところで、金光教の関係者と話していると、天地金乃神と金光大神、金光様、親先生等の存在があいまいにつながっているように思えることがある。これは教えの本来の姿として、一貫した願いの流れの中にあるのだから、むしろ当然なのだろう。
しかし、二人の大きな神の存在性格が明確でないことは、教えの外にある者に納得を与える上では都合が悪い。高橋一郎の提起する概念によって、天地金乃神は「取次生かす」働きであり、金光大神は「取次助ける」働きであるというように定義することが可能となった。そのうえで、金光大神の登場の必然性と、取次の流れの本質をも説明することができる。これは、他者に対して言葉によって教えの世界を十全に語り、納得を得るためにはぜひとも必要なことではないだろうか。
金光教の普遍性を教外へと開くためには、高橋一郎の理論的な仕事の意義は今もなお大きいと思う。
【小括】
・本書については、後半にさらに様々な論点を見出すことができると思うが、力尽きた。後日を期したい。今までの議論をまとめて、現時点の感想を付け加えると、以下のようになるだろう。
・高橋一郎は、おそらく戦争の巨大な災厄の体験を通じて、金光教徒であることを白紙に戻して、独立自由の人間の立場から、金光教を選びなおすことができるかという真剣な思考実験を行ったのだ。
・日本の敗戦と数百万の戦死者を目の前にして、平時の「おかげ話」など何の説得力ももたない状況だったろう。
・これは、つまり、教えの外にいる人たちに対して、言葉によって金光教の本質を説明し、この教えに連なることを望んでもらえるかどうかという、力を尽くしての「取次」だったと言えるかもしれない。これは、言葉によって人を助ける金光教の姿にかなった試みだ。
・そして、この試みは見事に成功している。現に、無宗教だった僕が、この本のインパクトによって金光教の門を叩き、3年前から教会への月参りと昨年からの月例の勉強会を続ける後押しとなり続けている。
・今のところ、この本に匹敵する「取次」には出会っていない。教えの外にいる人を言葉の理解のみで引き込むルートとして、おそらく唯一無二のものではないか。この先人の優れた遺産が、古書の山に眠っている事態は、教えを求める人々にとって大きな損失であると思う。
・最後に僕なりに本書のポイントを列挙してみよう。
①世界全般が立ち行くようにという「生命の大願」を人間誰もが備えているものとして、その事実を出発点に置いたこと。
②金光大神の願いがこの「生命の大願」であり、歴代の金光様を通じて、教内で願いの流れとして具体化、現実化していることを指摘したこと。
③「生命の大願」の実現に挫折した人間が、その純粋な現れである金光教の願いの流れに帰一する必然性を示したこと。
④天地金乃神の働きを、「取次生かす働き」として定義することで、世界を普遍的に理解する宗教や思想との共通のベースを開き、世界全体とかかわる道を示したこと。
⑤金光大神の働きを、「取次助ける働き」と定義することで、言葉を話す人間を助ける金光大神とその「取次」の必然性を明らかにしたこと。つまり「取次助ける働き」によって、「取次生かす働き」の全体が初めて完成するという関係を示したこと。