大井川通信

大井川あたりの事ども

行橋詣で(2024年4月)

年度末と年度初めの多忙さで、自分自身と自分の暮らしの矮小さにあらためて気づかされる中、気を取り直して、新年度最初のお参りにでかける。国東半島の両子寺の有名な仁王像の誕生年が金光大神と同じ文化11年(1814年)であることの縁で、寺で売られていた両子米2キロをお持ちする。

この間、勉強ができなかったことを正直に告白しつつ、やはりこの間の決意についても告白しないわけにはいかない。

昨年7月に訪ねて以来、金光教についての疑問に取り合えず自分なりの見通しが持てたこと。一つには、高橋一郎の著作によって、金光教が哲学的に優れた純度を持っていることに確信をもつことができた。もう一つは、その教えの内容を継承・実現する高度な仕組みとルールをもっていることにも気づかされた。ポイントは教祖の行いを反復する現「金光様」のモデル性、さらには直接の「親先生」のモデル性である。

後者の具体的な現れとして、先日久しぶりに伺った東郷教会の津上教会長のたたずまいに気圧(けお)された話を出した。金光様や親先生をモデルにして、教会の広前で「難儀な氏子」を助けるために神に取り次ぐというシステムは、それだけの人格を生み出すのだろう。

信仰については、認知症になっても死ぬまで続けることができるが、頭を使う研究は今しかできない。部外者で僕のような「発見」を口にしている人はいない。雑文やメモを書き散らすだけでなく、できればそれを多少とも客観性のある「論文」として発信したい。そのための手立てと機会を求めること。

後半は、読書についての話になった。井手先生は、A4版のルーズリーフ用紙で、詳細な読書ノートを取っておられる。僕との話題に出た清沢満之鈴木大拙についても、それぞれ手書きでびっしり文字が埋まった数枚分のノートをとっており、先生の勉強の徹底ぶりに驚かされた。

また先生は、宗派の専門用語を使わずに、いくつかの動詞を中心にご自分のつかまれた教えの内容を展開するような著作を計画しているという。なぜ動詞かとお聞きすると、それが人をつなげるものだからとおっしゃる。

大言壮語してしまったからには、一歩ずつでも前に進んでいこうと高揚した気分のまま帰りの電車に乗った。