大井川通信

大井川あたりの事ども

思想家たち

『まだまだ身の下相談にお答えします』 上野千鶴子 2022

朝日新聞身の上相談コーナー連載記事からの三冊目。新聞連載時にも時々目を通していたが、どれも面白く、心に残る。他の相談者のものとは格段にレベルが違う気がする。 やはり男女の関係、家族の関係を主戦場にした理論活動をしつつ、実際にそこで戦ってきた…

『哲学入門一歩前』 廣松渉 1988

今年の廣松さんの忌日(5月22日)には、この本を手に取る。巻末のメモだと、出版年とその翌年に読んで以来の33年ぶりの読了となる。しかし若いころに読んだ本のためか、その内容はよく頭に残っていた。 廣松さんの四肢的構造論の骨組みは、説明する漢語は難…

『群衆 ー モンスターの誕生』 今村仁司 1996

5月5日は今村先生の忌日なので、今年も一冊取り出して読む。僕が大学で先生に出会った80年代初め頃は、先生はまだ数冊の著書をもつだけの新進気鋭の学者だったが、その後、ある思潮を代表する思想家として多くの著書や翻訳書を出版し、またそこにとどまら…

浅田彰の逃走

僕は、現代思想ブームのさなかの1984年に大学を卒業して、企業に就職した。その前年の秋に浅田彰の『構造と力』が思想書としては異例のベストセラーとなり、近所の一橋大学の講演で彼のさっそうたる姿を見ることができた。『逃走論』の出版は、僕の就職直前…

吉本を読まない横超忌

今日は、吉本隆明の忌日だから、薄い本でも詩集でも読むつもりだったが、忙しさにかまけてそれもできなかった。吉本が亡くなって10年。あれほどの存在感もやや薄れつつあるということか。 僕が吉本を読んだのは、上の世代とのコミュニケーションをとるためだ…

丘陵を歩き続ける柄谷行人

新聞購読をやめてしまったけれども、気になる記事はある。たとえば、年末恒例の書評委員による1年間の出版の総まとめみたいな記事。昨年柄谷行人が面白いことを書いていたから、今年の彼の発言がなんとなく気になっていた。 今年の「書評委員この1年」とい…

『社会性の哲学』 今村仁司 2007

恩師の今村先生の主著を、ようやく読了。没後14年。何度も挑戦してきたが、読み通したのは今回が初めてだ。とんでもない不肖の自称弟子である。 先生が病に侵されながら最期の一年で書き上げた本で、後書きの日付は亡くなる一か月程前のものだ。出版は亡くな…

岡庭昇さん追悼

評論家の岡庭昇さんの訃報をネットで見つけた。7月14日に亡くなって、21日に地元紙の新聞記事になっている。近ごろ新聞に目を通さなくなったので、気づくのが遅れてしまった。 大学時代に偶然手に取った岡庭さんの本を通じて、僕は思想や評論の世界に魅了さ…

廣松渉の忌日

今年は、丸山圭三郎(1933-2003)との対談集『現代思想の「起源」』を手に取ってみる。1993年に出版された本の2005年の新装版だ。旧版の出版の年に丸山は亡くなっているし、同い年の廣松もその翌々年には後を追うように亡くなっている。 当時岩波書店の月刊…

横超忌に『吉本隆明歳時記』を読む

今日で吉本隆明が亡くなって9年がたつ。調べると、吉本の忌日は横超忌というのだそうだ。手元にある一番薄い文庫本を取り出して読んでみる。 久しぶりに吉本の本を読みながら、ああ吉本節だと思いながら、この文体がいっそう遠く感じられた。きちんと理解し…

『ニュー・アソシエーショニスト宣言』 柄谷行人 2021

柄谷行人の新著の新聞広告があったので、すぐに取り寄せて、読み終えた。柄谷の本でこういうことをするのは本当に久しぶりだ。インタビューによる雑誌連載などをまとめたもので、ここ20年の仕事を振り返るものになっている。 『トランスクリティーク』を書…

物置部屋のコレクション

僕は本を買うのが、唯一の多少のぜいたくだから、家のあちこちに収納のための本箱が置いてある。二階の物置部屋にスチールの本棚があって、その一番上の目立つ棚は、一段全部が、ずらっと岡庭昇の著作のコレクションだ。ざっと40冊ばかり。全著作ではないが…

柄谷行人の里山思考

読書会の忘年会以降、風邪気味となり調子が出ない。街にも出かけられず、年末らしいことを行えないまま、大晦日になってしまった。今日は近所の友人と里山に参拝登山に行くはずだったのだが、それもキャンセル。 仕方なく、家で年末の新聞に目を通していると…

箇条書きではだめだな、箇条書きでは生きられない。

今村仁司先生は、晩年、東北の浄土真宗の僧侶たちと交流があって、13年に渡って勉強会を続けていた。その記録が、「無限洞」というグループの会報にまとめられている。先生の死後には、追悼のシンポジウムを開いて、それで特集号を編んでもいる。メンバーに…

『廣松渉 哲学小品集』 小林昌人編 1996

5月22日は広松さんの忌日だから、読みやすそうな短文集を手に取る。書き込みを見ると、2009年に再読しているから、およそ10年間隔で読んでいることになる。この本をもう一度手に取ることはあるだろうか。 柳川時代の住居あとを見ているから、やはりその頃の…

『貨幣とは何だろうか』 今村仁司 1994

5月5日は、恩師の今村先生の忌日なので、今年も著書を手に取った。 創刊されたちくま新書の第一号がこの本だった。同じ年に創刊された講談社選書メチエの一冊目も、今村先生の『近代性の構造』だった。当時の先生の論壇や出版界での評価がうかがわれる。 た…

作文的思考と岡庭昇

大学2年生の時に、国立中央図書館の書架で岡庭昇の『萩原朔太郎』を手にとって読むことがなければ、僕は今にいたるまで、作文を書き続けることはなかったと思う。 それは、自分の頭で、自分の手持ちの言葉で、誰それの権威によりかかることなく、外の世界に…

『歴史的実践の構想力』 廣松渉・小阪修平 1991

今日は、廣松渉が亡くなってから、25年目の命日だ。お寺的にはどうかは知らないが、四半世紀というのはやはり大きな区切りだろう。 就職したての頃、雑誌から切り抜いた廣松さんの写真を壁に貼って、読書に励んだりした。訃報に接して、当時の職場で喪服を着…

『タイで考える』 今村仁司 1993

5月5日の子どもの日は、僕には忘れがたい日にちだ。恩師の今村仁司先生が亡くなった日だし、親戚で一番お世話になった叔父の命日でもある。一昨年、長男が家を出て独立した記念日でもある。特に今年は、今村先生の13回忌に当たるのだ。 ここ数年、子どもの…

『世界史の実験』 柄谷行人 2019

柄谷行人の新著。こんどこそは、という思いで期待して読んだけれども、目覚ましい読後感はなかった。 柄谷の著作を熱心に読んで刺激を受けたのは、2000年頃、柄谷がNAMという社会運動を行っていた頃までだ。それ以降の多くの著作は積読状態で、何冊かの手軽…

民博の展示室にて

万博記念公園に出向いた際に、国立民族学博物館(通称は民博)によって展示室を見学した。この手の地味な展示に関しては、飽きっぽくこらえ性の無い僕は、もともと苦手だ。世界の地理や文化についての関心も知識も薄っぺらだし、その上太陽の塔内外で相当歩…

『年末の一日』と佐藤泰正先生

芥川龍之介に『年末の一日』という短編があって、この時期になると読み返したくなる。自死の前年の1926年に発表された私小説風の小品だ。 新年の文芸雑誌の原稿をどうにか仕上げてお昼近くに目覚めた芥川は、知り合いの新聞記者とともに、没後9年になる漱石…

子どもの呼び名

吉本隆明は子どもの時、家族や友達から、「金ちゃん」と呼ばれていた。上級学校では、理屈っぽさから「哲ちゃん」と呼ばれたというのは、吉本らしい。(『少年』1999) なぜそう呼ぶのかのを親戚のおばさんに聞くと、タカアキが、タカキ、タカキンとなり、そ…

父親と吉本隆明

ある吉本論について、吉本を持ち上げるばかりで、吉本についての全体的で総合的な認識をつくっていない、それは吉本の精神にかなっていないのではないか、と批判を書いた。僕自身たいした読者ではないが、長く吉本が気にかかってきた者として、自分なりの吉…

吉本隆明の講演会

講演会で、吉本の話を二度聞いたことがある。1985年に、初めて吉本の姿を見たときの印象は強烈だった。マイクの前にたったのは、いかつい職人のような男で、話し始めても、語気が強くまわりくどい例の語り口だったから、これがあの吉本隆明なのかとあてがは…

『最後の吉本隆明』 勢古浩爾 2011

読書会の課題図書で読む。僕より少し若い人による選定。世評の高い吉本を知っておきたいという動機からのようだった。もし吉本コンプレックスというものがあるなら、そんなものは必要ないことをいいたくて、多少力を入れて読んでみた。 吉本の忠実な読者によ…

『マルクスの根本意想は何であったか』 廣松渉 1994

お盆に偶然、廣松渉の生家跡を訪ねることになった時、出かけに書棚から抜き出した本。この時期は、亡くなった人のことを思い返すのにふさわしい。お盆の習慣がない家に育ったために、今頃になってそんなことに気づく。往復の西鉄電車で、筑後地方の田園風景…

廣松渉の生家跡再訪

10年ほど前に、廣松渉の小学校時代について聞き取りをした。上司が廣松と同郷で、たまたま上司の母親が小学校の同級生だったのだ。その時のエピソードは「哲学者廣松渉の少年時代」というタイトルで、ブログに載せている。 昨年末に上司のお母様が83歳で亡…

みたび、柄谷行人のこと

最初に就職した会社を3年で辞めて東京に帰ってきてから、とある塾の常勤講師として働くことになった。腰掛のつもりが居心地がよく、結局3年勤めることになる。ある程度時間に余裕があり、将来の目標も定まっていなかったので、講演会やシンポジウムの類に…

ふたたび、柄谷行人のこと

七月のうちから猛暑日がえんえんと続いたり、台風が東海地方から新幹線の下りに乗るみたいに逆走してきたり、と今まで経験したことのない異常気象が続いている。そのせいか、頭がボーっとして書く意欲がわかない。昨日の流れで、柄谷行人の小ネタで、お茶を…