大井川通信

大井川あたりの事ども

柄谷行人の里山思考

読書会の忘年会以降、風邪気味となり調子が出ない。街にも出かけられず、年末らしいことを行えないまま、大晦日になってしまった。今日は近所の友人と里山に参拝登山に行くはずだったのだが、それもキャンセル。

仕方なく、家で年末の新聞に目を通していると、年末恒例の書評委員による「今年の3点」の記事があった。要するに、知識人たちが、自分がどれだけ頭が良く、知識が豊富で、感性に優れ、政治的に正しい選択眼を持っているかを誇示しあうような、要するに頭でっかちな場所だ。

ところが、柄谷行人の文章が、他の書き手とまるで違ったトーンになっていることが目を引いた。もちろん柄谷も、例年は他の書評委員たちと同じスタンスでアンケートに答えていたはずだ。柄谷のあげた三冊は、猟師による体験記が二冊と、野生動物のリスクについての啓発書だ。哲学・思想書でもなければ、難しそうな本でもない。

この選書の裏には、柄谷のコロナ禍での生活がある。「私は毎日、近所の多摩丘陵を歩き回るようになり、見知らぬ動物に出会った」と簡潔に述べられているが、その体験が驚きと発見をもたらし、読書への態度の変更をもたらしたのだろう。

「態度の変更」とは、彼の若いころの批評のキーワードでもあるけれども、80歳近くなった現在でも、さりげなくそれを実践しているところが、柄谷の批評家としての力量なのだと思う。

彼は「生物多様性保全」というお題目が、実際には動物と人間との棲み分けの再確立でなければならないことを実感する。僕は、毎日近所の丘陵を歩き回るという体験の重さについて、柄谷に全面的に同意したい。

ところで柄谷は、家では「力と交換様式」という論文を書いて暮らしていたそうだ。コロナ禍での近所を歩く生活は、論文の内容にも何らかの影響を与えているにちがいない。