大井川通信

大井川あたりの事ども

『漱石文明論集』 三好行雄編 1986

岩波文庫の一冊を、購入後20年して読んだ。『吾輩は猫である』からの流れなのだが、漱石の評論をじっくり読んだのは初めてだ。読んでよかったと思う。自分の年齢と読書量を考えると、何を読むべきか優先順位をつけることの大切さをあらためて感じる。

漱石は子どもの頃から好きな作家だったし、柄谷の漱石論を読みかじったりしてその思想の深いことに気づいてはいたが、まさかこれほどとはという感じ。自分の中で、卓越したユーモアと男女の三角関係を得意なテーマにした作家というくらいのイメージしかもてていなかったことに気づく。

100年前以上の評論だけれども、文章が生きている。まさに思考する文体だ。だから、もっと読みたくなる。自分の実体験からつかみとった問題を考え抜いて、その核心に独力で言葉を与えている。第一級の批評の仕事だ。

だから、今の時代になっても、いや今の時代になったからこそ、その思想の徹底性と普遍性が鮮やかであるような気がする。漱石以後、日本が国際社会で力をつけて、戦争や経済成長により、西洋対アジア(中でも弱小国日本)という構図があいまいに薄れてしまった感があった。漱石の考えた課題など明治日本の古い問題であると。

ところがどうだろう。アメリカの巨大企業の台頭と中国の復活のはざまで、日本のポジションは当初の位置に戻りつつある。漱石は、カタカナ語でなく自分の言葉で考えよといい、実業と拝金主義の流行に警鐘をならす。東西の思想の根本の違いを論じて、日本の言論の混乱をただす。

宴のあとの日本で、漱石の言動と生き方はむしろ新鮮だ。