大井川通信

大井川あたりの事ども

2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ひさしの上は何がある?

読書会のために蕪村の句を選んでいたら、こんな素直な喜びの句が、やはりいいと感じた。バードウォッチャーとして、鳥の句を一つは選びたいというのもあって、それならこれかなと。 小鳥来る音うれしさよ板庇(いたびさし) 蕪村 小鳥は秋の季語だそうで、な…

月天心貧しき町を通りけり  与謝蕪村

あまりにも高名すぎるかもしれないけれど、昔も今も蕪村で本当に好きなのはこの句である。あと「葱買うて枯木の中を帰りけり」も。実にすっきりした調子で、両句とも、暮らしの中で「歩く」場面をフォーカスしているのがよいのではないかと、大井川歩きの実…

楠の根をしづかにぬらす時雨かな  与謝蕪村

俳句を多少読んでいたのは、中高生の頃や、せいぜい大学生の頃だったから、今になって読み返すと、これまでの経験のおかげで理解が深まるということがある。これは何も人生経験というような大げさなものではなく、単純な自然に関する知識の増加に基づくもの…

こんな夢をみた(演出家の逆上)

歳をとると、怒りを抑えることが難しくなる。つまらないことで腹を立てる「怒れる老人」になってしまうのだ。夢の中の僕もそうだった。 僕は、観劇した芝居の資料を時系列でファイルにとじているが、その中でどうにもつまらなかった作品のチラシを見つけて、…

伊藤桂一の「風景」

竹藪で誰かが竹を斫(き)っている/竹は華やかな叫びをあげて大げさな身振りで仆(たお)れてゆく/そのあと 天がますます明るくなる/これから斫(き)られる竹は身を寄せあい/羞(はずか)しげな含み笑いを交しながら/なぜだか嬉しそうに順番を待ってい…

財布紛失騒動

次男が昨晩から膝が痛いというので、かかりつけの整骨院につれていく。診療の間、モールの中にあるカフェで本を読んで待っていたが、次男が戻ってきた後も、荷物を置いたままドラッグストアにサポーターを買いに行ったりバタバタしていた。 家に戻って、少し…

いづこより礫うちけむ夏木立 与謝蕪村 1769

詩歌を読む読書会で、蕪村(1716-1783)の句集が取り上げられることになった。子どものころから蕪村が好きで、背伸びして全集第一巻の全句集を購入した僕にはありがたい機会だ。けれど課題図書である角川ソフィア文庫版句集所収の1000句を検討する余裕はと…

安部さんを弔う(評論の魂)

安部さんについて、二つの謎があると書いた。 繰り返すと、一つは、福岡での美術評や映画評の書き手としての飛躍を可能にしたものが何なのか、という謎。もう一つは、安部さんの繊細な内面に、素朴にすぎるような思想が同居できたのはなぜか、という謎だ。 …

安部さんを弔う(二つの謎)

安部さんの家族葬に参列できなかったのは仕方がないと思っていたし、そもそも本人が亡くなった後の儀式というものに特別に意義を感じてこなかったところもある。 ただ葬儀には本人の遺体に別れを告げ、その人をめぐる人々とあらためて顔を合わせることで、気…

夏野菜のトマト煮(安部文範さんのレシピ)

朝日新聞の土曜版を開いたとき、そこに安部さん親子の写真を見つけて驚いた。家庭菜園の一角にしゃがみ込んで、収穫した野菜でいっぱいのザルを満足そうにかかげる安部さんとお父さんの写真だ。切り抜きをみると、2004年7月31日の日付があるから、今から18年…

こんな夢をみた(玉を盗む)

小山の頂上のような岩場に、露天の祭祀場のようなものがある。小さな谷を挟んだ向かいの山のところまでは道があるのだが、そこから先は、ロープを伝うかしないと近づけないだろう。岩場には、仏像や神像のようなものが一体見え、そのとなりに磨かれた玉のよ…

台風がこわい

台風11号に続いて、台風14号がやってきた。こんどは、史上最強規模の勢力で上陸して、僕の住む地域をほぼ直撃する可能性が高いという。否が応でも緊張感がたかまる。 前回の台風の備えがそのままになっているところもあり、ゴミ箱などの家の周辺のモノを…

人間ドックの風景

新年度を迎えると、職場では健康診断がある。雇用主の法令上の義務なのだが、それよりも検査項目の多い人間ドック(一日ドック)を自費負担で申し込むことがある。体調に不安がある中年が過ぎてからは、かかりつけみたいな遠方の同じ病院で人間ドックを受け…

夕闇の田んぼを歩く

定年後半年が過ぎて、そろそろ自分自身を立て直さないといけない。定年という区切りをデッドラインとして、自分なりの緊張感を維持していた生活のタガがはずれて、また新生活の糧を得るための仕事に慣れるのにも時間がかかり、家族にもあれこれの心配事もあ…

二人の中村宏

同姓同名は探せばいくらでもいるだろうが、自分にとってある程度かかわりがある人同士の同姓同名はそんなにあるものではない。僕がまず思い浮かべるのは、中村宏という名前だ。 一人目の中村宏は、僕の高校の同級生だった。公立の中学校を卒業して武蔵境にあ…

二人の山本太郎

つい先日、詩歌を読む読書会で、詩人の山本太郎の話が出たと思ったら、通勤途上の路上で、山本太郎来る、のビラをもらった。こちらは、政治家で元タレントの山本太郎だ。 大学生の頃、現代詩を読み始めたころ、山本太郎(1925‐1988)の影響を受けた。現代教…

「痕跡を消せ」 ブレヒト 1926

仲間とは駅で別れろ、/朝、街にはいるとき上着のボタンをきちんととめろ、/ねぐらを探せ、たとえ仲間がノックしようとも、/開けるな、いいか、ドアは開けるな、/それよりまず/痕跡を消せ! ハンブルクであれどこであれ、親に出喰わしたら/そしらぬ顔で…

「都会人のための夜の処方箋」 ケストナー 1930

どのバスでもいい、乗りこむこと。/いちど乗りかえてもかまわない。/行先は不問。いずれわかってくる。/ただし、夜を厳守すること。 いちども見たことのない場所で/(当件にはこれが必須の条件)/バスを降り、闇の中に/身を置くこと。そして待つこと。…

こんな夢をみた(たまった仕事)

夢の中でも、僕の仕事は、数年で転勤を繰り返す事務仕事だった。ふと思い出すと、どの職場にも、やりきれなかった仕事が密かに残っている。それぞれかなりの分量で、発覚したら責任を追及されるだろう。冷汗がでる。 こうなってしまったのも、やりたくない仕…

拳法の構え

今の職場に、空手の達人がいる。若いころから全国大会で注目を浴び、還暦を過ぎた今でも、全国組織の役員や大会の審判として全国を飛び回っているようだ。ネットで検索すると、空手雑誌で本人の特集記事を組まれたりしているから、本物だろう。 若い時からの…

『カニは横に歩く』 角岡伸彦 2010

副題には「自立障害者たちの半世紀」とある。500ページのドキュメンタリーで読みごたえ充分だった。僕も個人的な理由から、自分自身の生き方を振り返らざるをえないような読書体験になった。 著者の角岡信彦氏(1963~)は僕とほぼ同世代。処女作の『被差別…

九大病院の長塚節

九州大学医学部病院というと、ドグラマグラの舞台になったり、生体解剖事件が起きたりしたなど、おどろおどろしいイメージがあるけれども、最近、知人から、歌人で小説家の長塚節(1879-1915)の終焉の地であることを教えられた。 長塚節の代表歌集が『鍼(…

スーパーのお惣菜を歩きながら食べる方法

詩歌を読む読書会で、僕が注文した焼きそばを食べていると、隣に座った新メンバーのYさんが、ずいぶん食べるのが早いと驚いていた。60年代の貧しい時代に育ったから、目の前の食べ物を素早く取り込む習慣があるんですと言い訳したけど、Yさんは納得していな…

ビブリオバトル・プレゼン原稿(村田沙耶香編)

【導入:作家の講演会】 みなさんは、小説家の講演会に参加したことはありますか? 今では、テレビやネットで作家の話を聞くことができますが、遠目でも実際に姿を見て肉声を聞くのはいいものですよね。 僕は、7月に知り合いに誘われて、西南学院大学で、芥…

台風襲来

台風11号がやってきた。台風は夏から秋にかけての風物詩や年中行事みたいなものなのだが、その姿は少しずつ変わってきたのを感じる。 気象観測や予測の精度があがり、勢力や接近の時間までが事前にわかるようになったことが大きい。確実に発生が予見できる災…

ラフカディオ・ハーンのレンズ

時々、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲 1950-1904)の怪談が無性に読みたくなる。で、角川ソフィア文庫の池田雅之編訳による『新編 日本の怪談』を読んでみた。ハーンには『怪談』という著書があるが、それ以外からも大小の珠玉の怪談を集めて、テーマ別に…

『アメリカで真宗を学ぶ』 羽田信生 2022

今年も近所の浄土真宗の聞法道場(勉強会)で、羽田信生先生の特別講座があったので、申し込んで聴講した。コロナ禍で先生は来日できないから、昨年同様オンラインでの講義だったけれど、力のこもった羽田節を堪能できた。 羽田先生を知ったのは10数年前だが…

『田宮虎彦作品集第3巻』を読む

第5巻では、人物の一生をコンパクトに折りたたんで提示する技に冴えを見せていた田宮だが、この巻では、作者に近い人物の学生時代の日々を、引き延ばしてスローモーションで見せるかのように描いている。 私小説風の連作短編は、前作の設定を再度説明しなが…

安部文範さんを悼む

安部文範さんの訃報に接する。 2年前の夏に不慮の病に倒れたものの、昨年末には手紙のやり取りもできるまで回復していた。ただ、コロナ禍の入院で見舞いすら許されなかったのが、もどかしかった。 もう少し待ちさえすれば、安部さんの生活がどういうものに…

関東大震災直後の映像を観る

今日は、関東大震災発生から99年目の日となる。地震直後の東京の被害や救援活動を写した貴重な動画がネットで公開されている。写真でしか見たことのない震災被害が比較的鮮明な映像で30分以上残っていて驚いた。 僕の父親は震災の翌年の3月に生まれているか…