大井川通信

大井川あたりの事ども

伊藤桂一の「風景」

竹藪で誰かが竹を斫(き)っている/竹は華やかな叫びをあげて大げさな身振りで仆(たお)れてゆく/そのあと 天がますます明るくなる/これから斫(き)られる竹は身を寄せあい/羞(はずか)しげな含み笑いを交しながら/なぜだか嬉しそうに順番を待っている

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はははは と 誰かが澄んだ声をして笑う/鳥かしら? 鳥でもない/そこらがばかに騒がしくて/竹藪の中に誰かがいるらしい/彼は竹を斫(き)っている すると/紺青を刷いてゆるやかな弧を描いてつぎつぎに仆れる竹が/はははは と擽(くすぐ)ったそうに笑うのである        (伊藤桂一「風景」)

 

蕪村の「いづこより礫うちけむ夏木立」から連想した詩なのだが、だいぶイメージも雰囲気も違っていた。ただ、林や竹藪の中を一人さまよい歩くときの、奇妙な怖さや独特の高揚感をとらえているという点では共通しているだろう。

この詩は、学生の頃に見つけて好きになった詩で、こうして今書き写しても、当時と同じくらい好きだと思えるような、不思議な詩だ。前半と後半は、内容的に重なっているが、だから一見無駄で冗長のようにも思えるのだが、実際に読むと視点の違いによる変奏が心地いい。