大井川通信

大井川あたりの事ども

ビブリオバトル・プレゼン原稿(村田沙耶香編)

【導入:作家の講演会】 

みなさんは、小説家の講演会に参加したことはありますか?

今では、テレビやネットで作家の話を聞くことができますが、遠目でも実際に姿を見て肉声を聞くのはいいものですよね。

僕は、7月に知り合いに誘われて、西南学院大学で、芥川賞作家の村田紗耶香さんの話を聞きました。それで今日は、彼女の本を紹介したいと思います。

村田さんは、とても素敵な方でした。短編を書く作家さんですが、「一つの長い作品を書き継いでいるつもりです」という言葉が、印象に残りました。

【村田さんの小説作法:『コンビニ人間』】 

村田さんは、世の中のルールの一部を書き換えるという方法でずっと作品を書いています。人間社会の初期設定の一部を変更することで、思いがけないストーリーが展開します。このルールの書き換えは、作品によって、ごくわずかな場合もあれば、SFみたいにとても大がかりな場合もあります。

たとえば、芥川賞をとった有名な『コンビニ人間』では、コンビニバイトという世間的には軽く扱われることの多い仕事に、生きがいと情熱を持つ主人公(コンビニ人間)が現れる、という些細な設定変更によって引き起こされるエピソードを面白く描いています。

【『信仰』:どみゃくうるおいおこる】 

今日ご紹介するのは、最新刊の短編集である『信仰』です。この中に『どみゃくうるおい起こる』というへんてこな名前の、たった12頁の作品があります。

主人公は姉妹なのですが、お姉さんのほうが、自分の意志で実家の近くの里山の中に入って、「野人」として暮らし始める、という話です。この作品の世界には、自然の中で生活する「野人」という選択肢があります。妹さんは、寒くなると、食料や毛布を差し入れたりするのですが、洞穴に住むお姉さんは、身体全体が毛深くなり、言葉も「ポウ」としか話せません。

一方、街で暮らす妹さんも、友達の女性同士3人と一つの家族を作って、自分が生む子どもを育てる決心をする、という話です。

里山歩き:別のルールで生きること】 

実は僕も、日の里の近く住宅街に住んでいるのですが、あまり人の入らない周辺の緑の里山の中で歩き回るのが好きなんです。

そこには、タヌキやイタチなどいろんな生き物がいますが、戦争中に村人が勝利を祈願した祠とか、石炭を掘った炭鉱の坑口など意外なモノがあったりします。身近に全く違う世界や生活があることを知ると、ふだんの自分から距離をとって解放されるような気がします。小説の中のお姉さんが街を出て、野人になった気持ちがちょっとわかる気がするのです。

みなさんが、もし、職場や学校や家庭での、さまざまなルールや決まり事の「当たり前」にしばられて、息苦しい思いをされているとしたら、ぜひ村田沙耶香さんの小説を薦めたいと思います。

 

※地元のビブリオバトルで、バトラーが集まらないからと急遽頼まれたもの。今回は小説という縛りがあってので、最近読んだ村田沙耶香の小説を選んだ。5分という時間の中に、小ネタを詰め込みすぎたし、作品というより作家を押す内容になってしまって、聞く側はわかりにくかったと思う。ただ、初めて僕の地元のフィールド内の開催で、大井川歩きについて触れられたので良しとしよう。