大井川通信

大井川あたりの事ども

浅田彰の逃走

僕は、現代思想ブームのさなかの1984年に大学を卒業して、企業に就職した。その前年の秋に浅田彰の『構造と力』が思想書としては異例のベストセラーとなり、近所の一橋大学の講演で彼のさっそうたる姿を見ることができた。『逃走論』の出版は、僕の就職直前だ。

世間知らずの僕は、現代思想ブームなどは一部の大学や論壇でのコップの中の出来事にすぎないことを知らず、ふつうの社会人は浅田彰の名前さえ知らないことを知って、ショックを受けたのを覚えている。

ただ学生の時の浅田彰の登場の衝撃と刷り込みは大きく、僕にとって彼は、今でも別格の知性である。当時彼が資本主義の本質と現代社会の動向として取り出した端的な論理は、今でも最低限踏まえるべき原則として色あせない。

そんな彼が、先月の朝日新聞のインタビュー記事で、40年前とほとんど変わらない風貌の写真とともに、「逃走」を語っているのは感慨深い。「アイデンティティへの固執を解毒するための闘争」という論点は、もはや物珍しいものではないけれども。