大井川通信

大井川あたりの事ども

『社会性の哲学』 今村仁司 2007

恩師の今村先生の主著を、ようやく読了。没後14年。何度も挑戦してきたが、読み通したのは今回が初めてだ。とんでもない不肖の自称弟子である。

先生が病に侵されながら最期の一年で書き上げた本で、後書きの日付は亡くなる一か月程前のものだ。出版は亡くなって数か月たってからだった。

今村先生の本領は、社会科学の基礎論たる社会哲学にあるから、「非対象化労働」とか「第三項排除」などの独自の概念は、社会形成の基礎的な場面を説明するものではあっても、それが個々の人間のありようとどう結びつくのか(そこからどう立ち上がるのか)は十分語られてこなかった。せいぜい「模倣欲望」とかが前提されているくらいの印象だった。

この本では、その欠落を埋めるかのように、「負い目」という存在感情を人間の大元にすえて、そこから存在の基礎構造を論じ、経済や政治や法といった社会の各層を論じる構えとなっている。

先生らしく概念の力技でねじ伏せていくという感じだが、たえず「負い目」に立ち戻り、それを繰り返しつつ変奏していく様は少し異様にも感じられるかもしれない。ここには、先生が晩年に打ち込んだ浄土真宗(「法の前に頭を下げる」がその核心)の研究とともに、病を得てからの自らの存在を見つめる思索が反映されているのだろう。

この世界に「与えられてある」という「負い目」を根本にもつ人間は、自らの最も大切はものを贈与するという「挑戦」に向かわざるを得ない。これが他者への暴力のはじまりであると同時に、それに対抗する平等や正義の観念が生まれる場所でもある。先生の思索は何度も何度もこの場面に立ち返る。

コロナ肺炎で命を落としかけて、残された時間に新しい生き方を望んでいる今の僕にとっては、先生の描く人間の根本の場面での振舞い(負い目と挑戦)は、共感できるとともに励まされるものだ。願わくば、僕のこれからの歩みの中で、恩師の思想の高みに少しでも近づくことができますように。