大井川通信

大井川あたりの事ども

『記憶する民族社会』 小松和彦編 2000

民俗学の学術的な論文集を読んだのは、おそらく初めてではないか。今まで入門書や人気学者の評論やエッセイしか読んだことはなかった。

しかも、自分にはちょっとした因縁のある本である。刊行当時に興味をもって購入したが、後の蔵書整理の時に捨ててしまった。小松和彦の論文が彼の単著に収められていて、重複しているのが理由だった。しかし、目次でながめただけの他の論文の内容が、後から妙に気になる。やや値段の高めの学術書なので、買い直す気は起きない。

先日、古本屋で全くの新品が安く売られていたのだ。この偶然の再会をきっかけとして、読み通してみて、やはり自分の気がかりに理由があったことを思い知った。実にいい本だった。

巻頭の小松和彦の論文では、民俗学の衰退と更新の課題が取り上げられる。小松和彦は、研究の中心を「神」観念にすえて、それを人々の「記憶装置」として解釈することを提案する。これを受けて各論文は、地域の歴史(コスモスの危機とその場所)を具体的に保存する口承された「伝説」を、物語化された「昔話」との差異を手がかりにして考察する力のこもったものがそろっている。

僕が、大井川流域で、ヒラトモ様やクロスミ様をめぐって、素人のたどたどしさで行ってきた「調査」や「考察」とかなり響き合うものがある。一読して、学術的な背景や根拠を持った諸論文は、学ぶこと、役に立つことの宝庫であると感じた。

民俗学について、少なくともこの本に書かれたことは自分なりに消化してみたい、と思えた本だ。