大井川通信

大井川あたりの事ども

『絵とは何か』 坂崎乙郎 1976

少し古い本だ。出版後1983年に文庫化され、92年の3刷を購入している。何事にもおくての僕が、ようやく美術展を見だした頃だった気がする。

坂崎乙郎(1927-1985)には、旧時代の批評家の匂いがぷんぷんとする。

良いものは良いと断定をして、他をなで斬りにする。まして絵で金儲けをする画商など一刀両断にされるが、同じく芸術に寄生しているはずの批評家の権威を疑うことはない。ヨーロッパ留学での絵画体験をバックに、ゴッホを絶賛し、日本の画壇をなじる。

ただし、批評のキーワードはとてもシンプルでストレート。絵とは、絵描きが独自の個性と感覚をもって、現実世界のただ中に異質の小宇宙を築き上げるものだ。それはあくまで、反文明(反体制)の姿勢に基づく、徹底的な自己実現でなければならない。

それでは、絵を見る、絵を批評するとは何なのか。それは絵を「読む」ということなのだが、繊細な理論装置や幅広い知識を動員して解読する、というわけではない。「自分の生活体験」をぶつけて問い続けるという、これまたおそろしく単刀直入な姿勢なのだ。

たったこれだけの道具立てなのに、言葉は尊大で断定的だ。しかしそれが心地よくもあるし、力強さを感じさせるものにもなっている。一素人が絵と向き合う時の姿勢と通じるものがあって、初読の時から気になる本だった。

本の最初の章で、何枚かの図版とともに鴨居玲(1928-1985)が大きく取り上げられている。今回、10年ぶりに鴨居玲の回顧展を観たのが、読み直した理由だ。この本を読んで鴨居玲の絵の実物を観たくなったことを思い出す。著者の文体がそれだけの熱と力を持っているのは確かだ。