大井川通信

大井川あたりの事ども

『江戸日本の転換点』 武井弘一 2015

この本も出版当時、大井川歩きに関連がありそうな本として購入していたもの。今になってようやく読んだが、想像以上に面白く役立つ本だった。大井川歩きの基本書の一冊として今後も読み込んでいく必要がありそうだ。

自宅周辺を歩いていて不思議に思うのが、古墳時代から人が住んでいた地域だけれども、庚申塔などの石造物に刻まれた年号が、17世紀末の元禄のものまでしかないことだ。それ以降、18世紀の元号ならちらほら見かけるようになる。

また、周辺には大小多くのため池があるが、その築造年代を調べると、そのほとんどが江戸時代の早い時期にさかのぼるということだ。

この本を読むと、江戸時代の新田開発は17世紀いっぱいでほぼ飽和状態になっていたことがわかる。ため池の築造がそのころに集中しているのも、新田開発によって経済力を得た村落が18世紀以降石造物を作る余裕をもったということもうなずける。

江戸時代の農業書の挿し絵などから当時の農作業の段取りや生物の生態系までも再現する手法はスリリングだ。大井川歩きと称しながら、実際のコメ作りのことに関心を払ってこなかったことにも反省させられた。マイブームの馬が、農家にとっていかに重要であったかを知ることもできた。

著者は、18世紀以降も農業の増産を行おうとした江戸時代の社会が「水田リスク」を抱えることになり、けっしてイメージ通りの持続可能なものでなかったことを指摘する。具体的には、肥料の不足や水害の多発等のリスクだ。こういった問題と向き合う当時の農業者たちの姿勢が、今では質を異にする大きなリスクにさらされている現代社会の農業を考えるうえでも参考になるという主張には説得力がある。

江戸期からの連続性を踏まえて、地域の時空間に分け入っていこうという大井川歩きには実に有益な本だ。