大井川通信

大井川あたりの事ども

記録の細部/記憶の深部

今月の吉田さんとの勉強会のために、例によって、僕のブログからいくつかの記事を組み合わせてレジュメをつくる。それが、単なる記事の寄せ集めになる場合もあれば、文章が有機的に結合して新たなテーマを際立たせることもある。手前味噌でいえば、今回は後者だった。しかも、そのテーマ(記事のタイトル)が、この勉強会にいかにもふさわしいものになった。

吉田さんは、異様なほど記憶力の優れた人だ。一方、映画関係をはじめ様々な資料を収集するなど記録を残すことにも強い情熱と執着をもっている。記録と記憶というテーマは、二人の勉強会の通奏低音(執拗低音、の方が正しい比喩のようだ)となってきたものだ。

まず、豊田正子の綴り方の感想から、狐憑きと源五郎を取り上げた二つの記事を引用する。

豊田正子の優れた観察眼は、彼女の記録に豊かな細部をもたらしている。この細部が記録の外にある隠れた現実と響きあい、そこに思わぬ照明をあてるのだ。それは、戦前の庶民生活におけるキツネツキの存在感だったり、下町の池のガムシの生態だったりする。

次に、豊田正子の綴り方から刺激を受けて書いた僕の幼年時代の思い出の記事だ。これに姉からの聞き取りを加えることで、記憶には、自分だけでは思い出すことができないあいまいな領域があることを具体的に示すことができた。

記憶も記録も、膨大な外部を持っている。その外を指さす「細部」や「深層」にこそ注目する必要があるのだろう。

 

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