大井川通信

大井川あたりの事ども

目羅博士vs.海野十三

海野十三(1897-1949)の短編集を読んでいたら、ここにも目羅博士に挑戦するかのように、人間の模倣欲望をたくみに利用した犯人がいた。残念ながら名無しなので、ライバルとしては作者の名前を借りることにする。

海野十三は、僕が子どもの頃、江戸川乱歩がメインの子ども向けの探偵小説のシリーズの一冊として読んだ記憶がある。SF仕立ての怖くて不思議なイメージがあって、いつか再読したいと思っていた。

ちなみに海野十三というペンネームは,好きな麻雀が「運の十さ」(運が全て)ということからつけたらしい。江戸川乱歩夢野久作もそうだが、筆名には少しばかばかしいモジリを使う伝統みたいなものがあるのだろうか。

『不思議なる空間断層』という短い作品で、犯罪の方法についてはネタバレになってしまうが、実はもう一点、叙述トリックのような驚きが仕組まれているのは触れないでおこう。

語り手は、自分が二度続けて同じ設定の夢を見たことを告白する。初めの夜は、大きな鏡のある部屋で、浮気をしている愛人をピストルで撃ってしまう夢だが、次の夜では、女を撃ち殺した後にそれが友人の妻であったことがわかり、実際に警察に捕まって収監されてしまったのだという。

トリックはこうだ。語り手に、夢だと錯覚させた上で、鏡の間に誘導する。初めの夜では、それが実際にはガラスになっていて、語り手と同じ扮装をした犯人が、あたかも鏡の像であるかのように振るまって、空砲のピストルで女を撃つように模倣させる。撃たれた女は殺された芝居をする。

次の夜は、鏡の間は本当の鏡になっているのだが、語り手は前夜の夢を模倣することで、その部屋に入ってきた女に対して、実弾入りのピストルを発射してしまう。そうして、語り手はそれも夢の中の出来事と誤解したまま、実際に警察に逮捕されてしまう。

第一夜の叙述のなかで、鏡の中の像の動きが自分に先んじていることへの違和感が書き込まれているところが鋭い。シラフの人間にそれが鏡像であるという理由だけで同じ動きを模倣させることには無理がある。目羅博士の場合には「月光の妖術」が加わるのだが、海野十三の作品では、夢であるという思い込みがその違和感を消しさるのだ。

さらに第二夜では、一度見た夢の中の自分を夢の中で繰り返すという設定のもとで、実際の殺人を犯させるという、かなり高度なトリックを使っている。確かに夢には、突然投げ込まれた舞台で特定の役割を演じさせられるという感覚がある。前夜の夢というモデルがあるならば、それに従おうとすることにはリアリティがある。

調べると、『目羅博士』は昭和6年の発表。『不思議なる空間断層』は昭和10年の発表だ。両者に影響関係があるのは間違いないだろう。

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