大井川通信

大井川あたりの事ども

『ゆるキャラの恐怖』 奥泉光 2019

奥泉光クワコーものの最新刊が文庫化されていたので、購入して読んでみた。軽い読み物を楽しめたらと思ったのだが、残念ながら今回もクワコ―が主人公のドタバタ喜劇(ライトノベル?)は、僕には楽しめなかった。

『モダールな事象』における桑潟幸一助教授の登場は僕には衝撃的だった。あまりに卑俗でみみっちく、器の小さな大学人である彼が、奇妙に歪んだ時空の中で踊らされて、歴史の闇に飲まれてしまう。人間の徹底した矮小さもリアルならば、そんな有象無象の矮小ささえも見逃さずに、奈落の底へと落とし込んでしまう現実の闇の存在感もリアルだった。

この人物像が好評だったためか書き継がれたクワコ―ものでは、大学を転任し准教授となったクワコ―のキャラは、さらに卑俗さに磨きがかけられている。お金を出し惜しんで、スーパーの値下げ品や自然のただの食材を求め、水がもったいないから、トイレもシャワーも職場のものを使うというクワコ―のせこさは、僕にはとても共感できる。

ただ、新しいシリーズでは、クワコーをとりまく人間模様もすべて明るい俗物たちになってしまって、クワコーを軽蔑しつつもやさしく受け入れている。クワコ―も様々に誇張された人物群の一人にすぎない。ストーリーの謎はいっさいがわかりやすく解明され、和気あいあいとした雰囲気の中でオチをつけられてしまうのだ。

作り物めいて、設定の他にはリアルな細部を持たないようなカキワリの世界。おそらくそういうものを狙って書いているのだろうが、何とも面白さが伝わらない。奥泉ファンだからなんとか読めるという感じ。