大井川通信

大井川あたりの事ども

にゃんにゃんの日

壁塗りの職人さんから、イヤホン越しに呼び出される。仕事の話かと思ったら、家の前の側溝の中から猫の鳴き声が聞こえるという。住宅街の側溝は、コンクリートで蓋をされており、ところどころ鉄柵がはめてある。鉄柵のはずし方がわかれば、助けたいとのことだった。しかし、きつく固定されてびくともしない。市役所に連絡すれば対応してくれるはずと職人さんはいう。

職人さんが心優しいのに感心したが、正直やっかいなことを言い出したと思って、壁塗りの工事に話題を変える。しばらく話しても猫の声は止まないので、妻に相談してみると言って家に戻る。猫好きの妻と次男が家を出て側溝の鉄柵に近づいたときには、もう猫の鳴き声は聞こえずに、家の裏手の駐車場のところをトボトボとあるく子猫の姿が目に入った。妻が追いかけて、抱きかかえて戻ってくる。

子猫は左のまぶたをはらしていたので、すぐに近所の動物病院に連れて行った。目薬をもらったが、他にはどこもケガはなく、健康のようだった。獣医さんは、生後2か月で、先祖にチンチラの血が入っている雑種だという。立派な猫になりますよ、とのこと。

風呂場で洗うと、すっきりとして可愛いい猫だ。おそらくいったんは人に飼われていたのか、とても人懐こい。妻は子どもの頃、実家で何匹もの猫を飼っていて、いつかは猫を飼いたいと話していた。それで、思い切ってこの子猫の世話をすることに決めた。量販店に行って、猫のエサやトイレ、ゲージなどを買い込む。子猫の飼い方の本も。

しかし不思議なことがあるものだ。側溝への入り口は近くにはまったく見当たらない。出入りはいったいどうしたのだろうか。偶然に側溝の内外に二匹の猫がいたというのも出来すぎている。初めからどこかに隠れていた猫の鳴き声を、側溝の中からと聞き間違えたというのが残された可能性だが、職人さんと鉄柵の下からの鳴き声に耳をすました者としては、ちょっと信じがたい。飼い猫だったのは間違いないが、眼の病気などをみると大切に飼われていたのだろうか。近所で迷い猫が探している様子もない。

いずれにしろ、12月22日、つまりにゃんにゃんの日に、我が家に新しい家族がやって来たのだ。

 

追記:次の作業日、もう一度「現場」を見ると、側溝の鉄柵のすぐ脇に、職人さんのワンボックスカーが停めてある。おそらく、車体の下に隠れていた子猫の鳴き声が反響して側溝の中からのように聞こえたのだろう。家の前の道の先には広めの公園もある。街道から奥まったところにある住宅街だから、真中の公園に置き去りにすれば、安全に誰かに拾ってもらえると考えたのかもしれない。