大井川通信

大井川あたりの事ども

サロズさんとの初会合

コンビニのレジで会うたくさんのネパール人留学生の中で、サロズさんに声をかけたのは、偶然のきっかけだった。ふだんは忙しい店内の客足がとぎれ、日本人スタッフも周囲にいなかったのだ。

個人レッスンの話題を出すと、隣にいた陽気で聡明そうなネパール女性が、この人は日本語の〇〇級もとっているし英語もできるからと、サロズさんが僕に連絡先を教えるようにと後押ししてくれたのも大きい。

この偶然の好機で付き合いが早まったとはいえ、もともとサロズさんに注目していた理由はある。比較的小柄だが、物腰に余裕があって堂々としている。短いやり取りを重ねるうちに、そこに「教育的配慮」があることに気づいたのだ。たとえば、僕が口にしたフレーズを復唱しつつ新たなバリエーションを提示したり、僕の上達に「すごいですね」と必ずほめてもくれたのだ。ネパールの若者はみなフレンドリーだが、こういう人は他にはいない。

ネパール料理店での初会合でも、当日の午前中に時間の確認があったし、ネパール時間ではなく約束の時刻ちょうどにやってきた。サロズさんは体調があまりよくないからと、モモ(小籠包みたいな郷土料理)を注文したが、僕に一個わけてくれて、ネパールでの食生活の話題の教材にする。

年齢は23歳だから他の学生さんと変わらないが、すでに日本語学校を終えて大学1年生だという。たしかに日本語力の差は大きいだろうが、それ以上に覚悟とか矜持に違いがあるような気がする。本当は、僕は授業料がわりに食事代を出そうと思っていた。しかしサロズさんははじめからその気はないようだった。

ネパールの文化では、お客様を接待する習慣がある。ネパール文化を学ぼうとするならその習慣に従ってほしいと。僕はネットで調べた知識(食事に誘った方もしくは年長者が支払う)で対抗するが、頑として受けつけない。なるほど、それは同胞間の慣例であって、ここでは異国の客と主との関係が優先するというわけなのだろう。

食事中、僕は自分がネパール語を学んでいる動機を話した。今までに学んだ語学が実際に使う機会をもたずに身につかなかったから、一度でいいから外国語を自由に使ってみたかかったこと。仏教徒として、ネパールの文化やサンスクリットに関心があること。実際に学び初めてネパール語の世界観に魅かれていること。

サロズさんは、ネパール文字がサンスクリットそのものではないことをスマホの画面で教えてくれた。「持つ」という語彙をもたずに「わたしと一緒に~がある」という表現をつかうネパール語の世界観の奥深さについて僕の持論を話すと、サロズさんはそれは気が付かなかったと笑う。

僕がネパール語を教わる一方で、サロズさんの日本語学習にも役立ちたいという提案にも前向きだった。実際に日本人とまとまった会話をする機会は多くはないようだ。ネパールのコミュニティの中で多くの用事は済んでしまうのだろう。

週に一回程度会合をもつということで話は決まった。サロズさんは場所は公園のベンチでもいいとワイルドなことを言うが、次回からは日本式で僕が食事代を出してお店を使いたいと思う。真面目なサロズさんは、今回はあまり教えられなかったことを後悔しているようで、次回からはレッスンの準備をしてくるそうだ。それはそれでプレッシャーだが。