大井川通信

大井川あたりの事ども

『悲痛の殺意』(『奥只見温泉郷殺人事件』改題) 中町信 1985

読書会で漱石を読むのを苦労したから、小説を楽しんで読みたくなった。中町信(1935-2009)の長編推理小説が再刊されたので、読んでみた。中町さんでも初期の込み入った倒叙トリックを使ったものでは気が休まらない。温泉地ものだから、気楽に読めるのではないかと思ったが、読みやすいだけでなく、鮮やかな倒叙トリックを楽しむことができた。以下ネタバレあり。

倒叙トリックは、小説が、記述の断片の集積にすぎないのに、読者がそこに一貫したストーリーを読み込んでいく、という仕組みを逆手に取ったトリックだ。

夫婦と娘の三人家族が温泉旅行に出かけたところで、殺人事件に巻き込まれる。冒頭、妻の仏壇に向き合いながら、妻の日記を読み始める場面が描かれる。その後、妻の日記の記述の次に、夫に視点からの当日の詳細な回想がつづくという形式が繰り返されて、物語が進んでいく。妻の自殺がほのめかされている以上、それに対して夫が責任を感じている以上、犯人は妻か夫かのいずれかに限定されてしまう。

手記と回想との組み合わせというものには、倒叙トリックの匂いがぷんぷんとする。しかし、その二つの間に時間的、空間的なズレがあるのではないかと疑っても、そんな片鱗も見せずに、二つの視点はぴたりと一致したまま物語は進行するから、読者はいつの間にか、夫の探偵役の視点に同化して謎解きを迫られることになる。

トリックは、この手記が、主人公の妻のものではなく、この事件に関わる別の夫婦の妻のものということだ。振り返ると、なるほど舞台の温泉地にはもう一組の夫婦が居合わせているが、目前の派手な事件や意外な展開の中で、当然ながら扱いは小さく目立たなくさせてある。そんな「端役」の手記が取り上げられているとは思いもよらない。

しかしそんな端役の妻からの視点が、主役の妻の視点と重なるような巧妙な設定が施されてあるのだ。つまり、主役夫婦の殺人の動機になる明らかな事実とともに、その端役夫婦にも密かに殺人の動機が与えられている。

このトリックのためには、どうしても複雑で不自然な設定を作る必要があるから、リアルな事件や存在感のある人間を描く、ということはお留守になる。トリックには驚かされるが、小説としては薄っぺらく、記憶に残らないということになる。

本作もその弊害を免れないが、納得のいく驚きをもたらしてくれた点で、なかなかの良作といえるだろう。