大井川通信

大井川あたりの事ども

『なめらかな世界と、その敵』 伴名 錬 2022

昨年の7月に東京に帰省したとき、おそらくは今はなき八重洲ブックセンターで購入した文庫本。前橋を初訪問して朔太郎を偲んだり、地元で従兄と飲んだりして楽しかった帰省の帰りの飛行機の中で読み始めた。

初めの三話を読んで、面白かったが、そこで読み止しになっていた。三つ目の短編「美亜羽へ贈る拳銃」には◎をつけている。

今年の7月にも東京に帰省したが、夏風邪をひいてしまって何もできないで終わった。戻ってから、読書会の課題図書を義務的に読み終えて、さて、面白い小説が読みたくなって、一年ぶりに手に取ったのがこの文庫だった。

日本の現代の若手のSFが、自分の読解力で太刀打ちできるのがうれしかった。理解に難しい部分もあったけれど、時間さえかければ細かく味わうことができそうだ。

ただSFの設定は、自分の日常の生活世界からかけ離れているから、記憶には残りずらい。「美亜羽・・」はストーリーが全く思い出せないので、再読してみたら引き込まれて最後のオチまで初読のように楽しむことができた。これは記憶力の減退の問題かもしれないが。

どれも設定や仕掛けが一癖あって細かく、興味深い。遠い未来や異空間を舞台にするのではなく、むしろ旧知の第二次大戦前や大戦中、冷戦の時代、あるいは現在や近未来を舞台にして、そこに未知の出来事をさしはさむことで、別の「世界線」を垣間見せる。

そこにどんな新しい仕掛けがあっても、主役は人間と「愛」や「憎悪」や「嫉妬」といった感情であり、その解釈はむしろ旧態依然といっていい。しかしその保守的な岩盤が、未知の道具立てに飾られた物語を読みやすいものにしているのだろう。

設定の奇抜さや大胆さと、そこに流れる人間的感情がうまく調和し展開するときに、すぐれた作品が成立する。「ひかりより速く、ゆるやかに」は、ハラハラしながら読めた良作だった。はるかな時代を隔てて、どこかつながりのある二つの世界が並行して進むと見せながら、それを一つに回収する手際は見事。