大井川通信

大井川あたりの事ども

映画『プリデスティネーション』を観る

2014年のオーストラリア映画で、公開当時にレンタルビデオを借りた記憶がある。妙に引き込まれるところがあって、また最後まで観てしまった。タイムマシンを使って犯罪を未然に防止する時空警察官である主人公が、不可解なパラックスを体験するという話。

面白かったが、どこか釈然としない気持ちもつきまとう。原作はSF作家ロバート・A・ハインラインの『輪廻の蛇』(1959)で、ごく短い短編だったのですぐに読むことができた。完全に腑に落ちたわけではないが、小説と映画とを比較することで見えてきたことがあるので、メモしておこう。

映画はかなりな程度小説を踏襲しているが、半世紀以上前の小説の設定(特に年代)をそのまま使ったためにおそらく意図的でなく意味を変えてしまった部分と、小説を映像化するうえで変更を余儀なくされた部分とがある。

後者からいこう。ここからはネタばれになるが、この短編の原題「All You Zombies」が示すように、登場人物3人がタイムスリップによって出会うことになる同一人であることがこの小説の肝である。すると彼らの出会いの場面を映像化すると、どうしても容姿が似てしまってネタがばれるという問題が発生する。そこで爆弾犯を追ううちに火傷を負ってバーテンは整形手術を施されたという複雑な設定を加えざるを得なくなるのだ。

追加の設定のない小説で、ストーリーの流れの骨子を取り出してみよう。

・ジェーン(女)は1945年に孤児院で生まれ、1963年に子どもを出産する。

・ジョン(男)は、この出産が原因で性転換手術を強制されて男として生きるようになり、1970年にタイムスリップで7年前に戻りジェーンと恋に落ちて自分たちの子どもを産ませたあと、時空警察官にスカウトされる。

・バーテン(初老)は、その後30年に渡って仕事を続けたあと1993年になってバーテンに化けてタイムスリップを行い、ジョンとジェーンの出会いと出産を演出したうえで、赤ん坊を1945年に送り届ける仕事をする。

ジェーンは18歳の少女、ジョンは25歳の青年、バーテンは55歳の時空警察官というふうに、三人は同一人物とはいっても、人生の別の時期を全く別の経験を生きたキャラクターとして独立して相対している。

ところが映画版には、バーテンにとっての現在である1993年の設定がない。一番後の日付でも1985年で、これはジョンが新人として送り込まれた未来と同じ時期である。バーテンの顔の変更が事故による整形手術という安易な設定となったために、年齢や体験によるバーテンの成熟という要素がとんでしまったのだ。

映画版では、バーテンが1975年で引退後の生活を始めるが、その世界で爆弾魔になっていた自分自身を殺してしまうという設定を結びに加えている。こうした過去の中に主人公のループを埋めてしまうと、「宿命」「予定調和」という意味の題名に似つかわしい物語にはなるだろう。

ここで一つ目の問題点の話に戻る。この小説が執筆発表された1959年時点では、ジェーンはまだ14歳。出産後ジョンとして生きるのも、はるか未来(34年後)からバーテンがやってきてジョンと対決する(11年後)のもまだまだ先の話なのだ。すべては不確定な未来の話のなかでのSF的な想像力によるストーリーだから、無理にバーテンを殺してループを閉じさせる必要はない。

たとえ同じ日付を使うにしても、すべて過去に完結した出来事として描くことと、未来に開かれた出来事として描くこととの間には大きな違いがあるような気がする。はじめに映画を観た時の釈然としない感じは、こんなところに理由があるのかもしれない。