大井川通信

大井川あたりの事ども

『日本の建築遺産12選』 磯崎新 2011

新潮社のヴィジュアル本「とんぼの本」シリーズの一冊で、副題には「語りなおし日本建築史」とある。 2004年発行の美術雑誌の特集記事をもとにしているようだ。 

著者の磯崎新(1931-)の話は一度聞いたことがある。1993年の磯崎新展で、自ら設計した北九州美術館を会場に、多くのギャラリーを引き連れて建築模型の展示物を見ながら自作を解説するという企画だった。この美術館は使いにくい、というぶしつけな意見に対しても、僕は人に気に入られようと思って設計はしていない、というようなことを言い切って、さすがに堂々としたものだと感心した覚えがある。

この本の表紙は、山中の険しい岩場にある三仏寺投入堂を前にした磯崎の写真で、当時70歳を過ぎていた建築界のスターの建築名所の探訪が、この本の目玉なのだろう。

日本建築の分析の視角を「垂直の構築」と「水平の架構」という二つの要素に定めて、歴史的には外部のインパクトに対する「和様化」のプロセスに注目するという観点自体は、特別目新しいわけではない。ただ、現代建築も含んだ12の建築の選び方や、各建築を評する語り口には、現代建築家らしい大胆さが感じられて面白い。

例えば、禅宗様の円覚寺舎利殿についてなら、その垂直的なドーム状の内部空間に感心しつつも、ヨーロッパのドームと比較してトップライトがなく、横からの光しかないことを指摘する。こんなことは日本建築史の専門家は決して言わないだろう。

また、同じく中世の新様式である大仏様の傑作浄土寺浄土堂については、四天柱から放射される太い梁(はり)を本尊の発する光のビームにたとえたりする。内部のドラマチックな演出に対して、外観がひどくみすぼらしいということも、専門家はあえて指摘したりしない。

三仏寺投入堂は、僕も30歳の頃に訪れて、感激した記憶がある。若かったためか、特に山道が厳しいようには思わなかった。もう一度挑戦する機会はあるだろうか。