大井川通信

大井川あたりの事ども

『伝統木造建築を読み解く』 村田健一 2006

大きな書店に行ったときには、建築(なかでも古建築)の棚で新刊を確認するのは若いころから習慣になっているから、このジャンルで面白そうな本は見逃してはないはずだ。購入してもさっとながめて積読するだけなので、読み通して実際に感銘を受けた本はいくつもない。そのうちの一冊を気合をいれて読み直す。

ちなみにこの本をのぞくと、そういう本は二冊しかない。中学の頃出会って僕の古建築鑑賞上のバイブルとなった『日本の建築』(大岡實  1967)と、社会人になってもう一度僕の心に火をつけた『建築様式の歴史と表現』(中川武  1987)である。

この本は新刊で読んだときには驚いた。それまでの古建築の入門書とは全く異なる技術的な研究に基づいた解説で、とにかく新鮮だった。新世代の書き手が現れたという衝撃。今読み直すともうそこまでの驚きはないが、それは技術的な解説をきちんと理解してイメージする力が僕にないためだろうと思う。

大岡實博士の『日本の建築』では、古代の木造建築の美しさを、部材がつくる形の比例関係やバランスの良さで説明していた。しかし、この本では、たとえば建物の両脇の柱間が狭いのは、デザイン上の要請ではなく、当時の木材の長さの限界が10メートルだったためという構造上の制約だったと解明する。

三手先組物の建物とそれ以外の建物とでは構造のシステムが全く異なるという説明は、まったく耳新しい指摘だ。組物の形式上の差異が、建物全体の構造にそこまでの違いをもたらすとは想像もしていなかった。

また、時代をおっての建築技術の進歩についても具体的にわかりやすく教えてくれて、中世新様式の理解も明確になった気がする。木材や加工技術の説明や保存修理についての記述に分量を割いている点でも、従来の入門書と一線を画している。

心配なのは、著者が今後の文化財の保存修理について、資材面でも人材面でも近々枯渇する恐れがあると指摘している点だ。この本が出てからすでに15年が経っている。少しでも状況が好転しているといいのだが、現実は厳しいのだろう。