大井川通信

大井川あたりの事ども

へびゴマ物語(その1 おっさんち)

僕は東京郊外の新興住宅街に育ったためか、典型的な駄菓子屋を知らずに育った。そのことに気づかされたのは、別府浜脇温泉で育った同世代の吉田さんと話していたときだ。

整然と区画整理された町のいくつかの商店街には、それぞれ個性的なおもちゃ屋さんがあったし、近所のパン屋さんには駄菓子の類も並んでいた。学校近くの文具屋にはスーパーボールのくじ等の安価なおもちゃも売っていって、これらの三つのお店があわせて駄菓子屋の機能を果たしているようだった。

国分寺崖線という名を後に知る高台にあがると、曲がりくねった道と畑の隣町が広がっていて、そこに「おっさんち」があった。木造の小さな平屋に入ると三方の壁にたくさんのおもちゃの厚紙がぶる下がっており、突き当りの棚にはプラモデルも並んでいた。作業服のようなものを着たおっさんが座る居場所は、左側の奥だったような気がする。

友達のうわさを聞きつけて通い始めたのは、小学校の3,4年の頃だったと思う。「10円ストアー」の呼び名もあったが、飲食物を買った記憶はない。僕にとっては唯一無二の駄菓子屋体験だが、残念ながら、お菓子を扱っていないとなると典型的な駄菓子屋とはいえないかもしれない。

煙草をくわえて煙を出すサルの人形や、指輪型の小型水鉄砲などが印象に残っているが、そうしたプラスチックの明るい色のおもちゃにまじって、へびゴマとの出会いがあった。

むかって左の壁面の手前の高いところに吊るされたビニールの中に、その地味な小箱が無造作に詰め込まれていた。英語の表示しかなく、日本製のおもちゃではないらしい。値段も20円とか30円くらいで安かった。おそるおそる買ってみると、不思議な鉄製のコマが入っていた。

どうやら軸の部分が磁石になっているらしく、付属品のブリキのへびをコマに近づけると、軸にからみついたへびが前後にニョロニョロと動きだすのだ。原理が簡単な割には、アクションは派手で面白い。僕はすっかりツボにはまってしまった。

僕は子どもの時から手品が好きだった。コマの静止という現象には、見えざる回転運動がひそんでいる。この回転運動をへびのダイナミックな動きに活用するアイデアが、よくできた手品のようで面白かったのだ。

ただ子どものことだから、無くしたか壊したかでいつのまにか手元から無くなってしまった。買いなおそうと思った時には、店に在庫がなくなっていたのかもしれない。

やがておっさんちも休み勝ちになり、完全に店も閉まって、いつのまにか取り壊されて平地になってしまった。