大井川通信

大井川あたりの事ども

デパートで手品を買い始めた頃

1960年代末に立川のデパートの玩具売場では、テンヨーの手品道具だけが置かれていたと思う。テンヨーの製品は、今では吊り下げて展示されるのが主流だが、当時は小箱に入ったものがガラスケースの中に並んでいた。

小箱は黄色や緑色がベースの装丁で、子ども心を誘うネーミングと手品のイラストが描かれていた。安くても300円くらいだっただろうか。高いものは500円から1000円以上のものもあっただろう。小学生の僕の毎月のお小遣いでは、安いものしか買うことはできない。お年玉など臨時収入があって、目当ての大物を買えるときはうれしかった。

初めて買ったものは、「タイムカプセル」という手品。今でも忘れられない。円筒形の小さな透明なプラスチックケースに入れたシルクのハンカチーフが、一瞬の間に消えて未来へ?行ってしまうという趣向だったが、箱の中身を開封してがっかりした。

ケースが二重構造になっていて、ハンカチーフの入ったケースを紙にくるんでその両端をねじるときに、ケースの外側だけ残してタネの部分をテーブルの手前に滑り落とすというものだったからだ。これだとテクニックでごまかす必要があり、上演場所も限られてしまう。

次は、「クリスタルボックス」。これも見事なはずれだった。フタつきの透明プラスチックケースとそれにぴたりと収まる赤い球。種も仕掛けもない道具だ。ただ、赤い球を入れた状態のケースを手のひらで倒してからフタを閉めることで、フタがずれてしまいこっそり赤い球を抜き取ることができるという、これもごまかしのテクニックがいるものだった。

僕が求めていたのは、不思議な現象をおこすのに100パーセント安心してタネに任せきりにできるような手品だったのだが、最安価格帯の手品にはなかなかそういうものはなかった。

三つめは、「グラスボード」。これは500円はしたと思う。額縁のような枠のあるプラスチックボードにカードの厚紙をはさむと、みごと鉛筆が貫通する仕組みで、初めてのタネらしいタネだった。もちろんカードの陰でボードをずらして穴を出現させるわけだが、カードを差し込まないかぎりボードがずれないので相手に渡して確認させることができる。

そこまでびっくりするような現象ではないのが残念だったが、この手品は特別なテクニックがいらないのであちこちで披露したと思う。

手品のタネには当たりはずれが大きい。ぼくはめげずにタネを買いそろえ、得意の手品のレパートリーを少しずつ増やしていった。その中には「タイムカプセル」も「クリスタルボックス」も入ることはなかったけれども。