大井川通信

大井川あたりの事ども

『いのちの自然』 森崎和江 2014

森崎さんの晩年に編集された詩やエッセイのアンソロジー

以前、森崎さんの自宅前でたまたま挨拶すると、あがっていきなさいと声をかけられた。森崎さんは、不自由な足で玄関から道をはさんだ郵便ポストまで歩こうとしている時だった。

居間で一時間ばかり雑談したあとで、新刊のこの本を貸していただいた。その後訪問することもできずに借りっぱなしになっていたこの本を、今回ようやく読み通すことができた。

何より、晩年の未公開詩篇が収録されているのが、ありがたかった。ごく身近な生活圏内の出来事が、平易な言葉で素直に表現されていて、読みやすい。一生追いかけた思想上のテーマもストレートに吐露されている。「かつての植民地朝鮮に生まれ/あの大自然を愛し育った原罪意識を/日本列島の各地で/方言で働き暮らす方々を訪ねつつ/なんとか一人前の日本の女へと/生き直したいと 旅を続けて五十年」(「ありがとう」部分)

 

つくつくほうしが鳴ききそう/となりの庭木で/わが家の庭木で

夕風そよぐ机のまえで/こころたのしや 待っている

西にひろがる里山の/そのあちらへと太陽のかくれるころを

すず虫 まつ虫のコーラスへと/今日のわたしが歩きます

すず虫たちの いのちのうた/ひろがる青田にひびきます/流れる小川にひびきます

残光かがやく空のもと/サングラスにたすけられ/稲穂の芽立つ青田の道を歩きます

夕影ふかい里山の/天空ひろびろ/無量の風が吹きわたる

(「青田の道」)

 

同じ里山を開発した団地の近所に住んでいるからわかる。この詩の里山も青田も天空も大井のものだ。そしてこの小川は、僕のブログのタイトルにもある大井川のことだろう。

晩年の数十年間、森崎さんが歩いた青田の道。同じ道を僕も歩き続けたいと思う。