大井川通信

大井川あたりの事ども

ミロク山でサシバが舞う

「ひさの」に入居するHさんからお話をうかがった。Hさんは、大正三年生まれの103歳。Hさんが生まれ育ったのは、数キロメートル離れた近隣の旧村だ。話を聞く前にも、予習として江戸時代の地理書に目を通したり、少し歩いてみたりしていたのだが、実際にお会いすると、土地への思い入れが強くなる。

里山だった丘には、住宅街が切り開かれ、小学校が建っている。田んぼには、ショッピングモールが隣接し、村の中心には、新しい車道が横切っている。それでも、神社や古い屋敷や地図を手掛かりに、五感を開き、かつての村を二重写しにするようにして、ゆっくり歩く。

昔温泉があったという湯ノ浦という場所を、地図と地形をたよりに探す。Hさんの若いころにも、田んぼの脇で、冬には水が温かかったという。造成地のすぐ下に、炭鉱跡で見かけるような赤水が出ている水路があって、そのあたりではないかと推理する。

ミロク山は、村の正面からは、きれいな逆三角形のシルエットが美しい。やはり信仰の対象となる山は、姿形も重要なのだろう。山の脇を上っていくと、人気のない中腹に、神池という名のため池がある。上空では、二羽のスマートなタカが、大きく円を描いて飛びながら、何度も鋭い鳴き声を谷に響かせている。百年前からの、いやもっとずっと以前からの景色のような気がした。

僕の聞きなしでは、「きっ、うーい」「きっ、うーい」、耳にしたことのない特徴のある鳴き声だ。帰ってから調べると、サシバだった。秋の渡りで有名なタカだが、もっともよく声を出す種類らしい。猛禽類の特定は難しいので、それができたのは嬉しかった。