大井川通信

大井川あたりの事ども

子どもの呼び名

吉本隆明は子どもの時、家族や友達から、「金ちゃん」と呼ばれていた。上級学校では、理屈っぽさから「哲ちゃん」と呼ばれたというのは、吉本らしい。(『少年』1999)

なぜそう呼ぶのかのを親戚のおばさんに聞くと、タカアキが、タカキ、タカキンとなり、それがつまってキンちゃんとなったという説明を受けたが、どうも納得できない。最近になって、琉球語の尊称の接尾語(さんとか様にあたる言葉)に「金」があることを知り、吉本の家が琉球に近い天草の出身であることから、それがあだ名の語源ではないかと推理してようやく納得できたという。

僕は長男が生まれるとき、夫婦で女の子だったらカナという名前にしたいと話していた。胎児のときに男の子とわかると、しかたなく男名にして、カナノスケと呼ぶようになった。実際はもっとまじめに名前をつけたのだが、出産後もこれがあだ名で残り、これがつまってノスケとしばらく呼んでいた。

次男には、妻が〇タルという名前をつけたが、呼ぶときは〇タルチンになり、それがつまってターチンが、子ども時代をつうじての呼び名となった。

自分の経験からも、子どもの呼称はかなりいい加減に変化し、よびやすさから強引に「つまって」しまう。吉本の叔母さんの説明は、この点でとてもリアリティがあるのだ。一方、琉球語を持ち出しての吉本説は、沖縄や天草で子どもを金と呼ぶ習慣があるならまだしも、ほとんど説得力をもたないだろう。

吉本は晩年の社会的な発言でも、たとえばオウム事件原発問題をめぐって、世間の人が首をかしげるような発言をすることがあった。そんなときにも、吉本は、自分の理論から導かれる結論だけに重きを置きすぎていたような気がする。