大井川通信

大井川あたりの事ども

封印された自転車(記憶論その2)

どのくらい前だろうか。まだ記憶の衰えをそこまで自覚してなかった頃だった。ただ仕事が忙しく毎晩深夜まで働いていたから、そのストレスが大きかったかもしれない。ある晩、自宅のある駅に戻って、駐輪場にたどり着き、さあ自転車を出そうとして、チェーンキーの4桁の番号が全く思い浮かばないのに驚いた。何ヶ月もの間、毎日回している番号である。ただ、四つの数字だからと全くの任意の組み合わせを選んでいて、語呂合わせもなかったと思う。

その日は泣く泣く重たい足を引きずって帰宅した。しかし、たまたま出てこないだけで、すぐに思い出すことは疑ってなかった。結論から言うと、その四つの数字の並びは、永遠に僕の記憶から失われてしまい、以後その古い自転車は駐輪場に囚われの身となった。(自転車泥棒と間違えられかねない乱暴な手段で奪取する気力はなかったので)