大井川通信

大井川あたりの事ども

手品の思い出(アストロコイン)

マッチ箱から、三本のマッチ棒を取り出し、テーブルの上に小さな三角形をつくる。その真ん中にコイン(金属のメダル)を置いて、カードをかぶせる。マッチ箱をそのカードの上にのせてから、カードごと取り去ると、マッチ棒で囲まれていたはずのコインが消えている。カードをあらためたあとマッチ箱を開けると、なぜかその中に先ほどのコインが入っている。

小学校の頃、友人がみせてくれたテンヨー製のこの手品の商品名が、「アストロコイン」だった。僕は、この手品がうらやましかったので、おそらく高校生の頃にデパートのショーケースに偶然見つけて手に入れたときはうれしかった。

マッチ箱の内箱の下部に磁石が仕込んであって、外箱の下にくっついたコインが、内箱の開閉によって箱の内部に隠される仕組みだ。手順さえ守れば、種の振る舞いで不思議な現象を起こすことができる。僕にはうってつけの手品だった。

ところが社会人になってから、他県の友人を訪ねた時に、ホテルに手品道具を置き忘れたことがあって、その時「アストロコイン」も失くしてしまった。それが、後日、別のメーカーが「摩訶不思議舶来銅貨」の商品名で発売したのだ。メダルの代わりに、1セント銅貨が使われている。僕が今もっているのはこの商品である。

手品の妙味は、ごく当たり前の事象が、突然見慣れぬ現象に様変わりするところだ。コインやハンカチーフやコップが使われるのも、それらが基本的に日用品だからだろう。それ自体が物珍しい、いかにも怪しげな道具が、非日常的な現象を引き起こしても、本当の驚きはない。この点で、種を仕込む小箱がマッチ箱というのは理にかなっている。

ところが今はマッチ箱も日常的なものではなくなった。「アストロコイン」では本物のマッチ箱に細工がしてあったが、「摩訶不思議舶来銅貨」になると、マッチ箱を模倣したプラスチックケースである。今ではスマホを使った手品も販売されているが、そちらの方がずっと日常的な道具なのだろう。