大井川通信

大井川あたりの事ども

手品の思い出(コインの飛翔)

手品の種を買うだけではなくて、子供向けの手品の入門書を読んで、手品を覚えようともした。しかし、はっきり言おう。入門書に説明してある手品で、人を驚かせられるものなんてほとんどない。お金を払って買った種だって、使いものにならないものが大部分なのだから。

もっともこれは、僕があまり練習をしないことにも原因がある。きちっと練習を積みさえすれば、どんな貧相な種やアイデアでもそれなりに見映えがでるはずだ。こんなところでも僕は、非実践的な理論派なのだろう。優れた概念に感心するように、手品の種の見事な働きを楽しみたいのだ。

そんなわけで、僕は特別な手わざや技術を身に着けていない。例外は、ただ一つだけだ。入門書で覚えて、それなりに練習した唯一の手品なのだが、成功すればかなりの衝撃を与えられる。

左右の手の平にそれぞれ一枚ずつコインをのせる。コインが落ちないように勢いをつけて、テーブルの上に手のひらをバンと伏せる。(この時、左右の手のひらの間隔は自然に20センチ以上は開いている)手のひらを返すと、当然ながら両方の手のひらの下からコインが現れる。

おもむろに同じ動作を繰り返す。今度は、右の手のひらを先に返すとその下は空っぽだ。左の手のひらを返すと、そこにはなんと二枚のコインが。

これは両手のひらをテーブルに伏せる時に、ひそかにスナップを効かせて、右手のコインを左の手の下に投げ込んでいるのだ。こんなことが意外に気づかれない。手のひらの上のコインを落とさずにテーブルに伏せるためには、素早い動きが必要になる。この「自然な」素早さに合わせると、コインの投げ入れもカモフラージュできる。また、コインの高速の短距離飛行は、人間の視力にはとらえにくい。

種の準備の無い時など、僕はこの手品によってかろうじて手品愛好者としての面目を保ってきた。なんと一芸で50年、である。