大井川通信

大井川あたりの事ども

老人ホーム「ひさの」で村瀬孝生さんの話を聞く

田中好さんが自宅で始めた老人ホーム「ひさの」の5周年のあつまりがあった。メインイベントは、宅老所よりあいの村瀬孝生さんの講演だ。「ひさの」のお座敷は、80名ほどの人が集まり、冷房が必要になるほどの静かな熱気につつまれた。

田中さんは、千葉で訪問看護師をしているときに村瀬さんの本に出会い、村瀬さんの宅老所で一年間働いたあとで、自宅で「ひさの」を始めている。自分の原点を確認するために、この講演会を企画したのだという。

村瀬さんの話は、実際のお年寄りたちのエピソードに笑ったり、しんみりしたりしているうちに、人間の一番大切な場面に目を向けさせてくれる。ふだんは視界の端でぼやけている死や老いについて、ピタリと焦点を合わせてくるのだ。

田中さんは、ふだんかかわりの薄い地域の人たちが参加してくれたことを喜んでいた。彼女の日頃の地道な取り組みへの関心とともに、講演会の表題「ぼけてもいいよ」というメッセージが、人々の心を動かしたのだと思う。

僕は、田中さんの好意で、講演の前の昼食会にも参加することができた。田中さんの親友の吉田さんと4人であれこれ話しているうちに、ふと村瀬さんが箸を止めて、自分の中で何かに気づいたかのようにさっと顔色を変える場面があった。ふだんたんたんとしている村瀬さんのそんな姿に、田中さんたちは驚いたという。

村瀬さんの言葉は具体的でわかりやすいけれど、どんな思想家よりも深く確かなような気がする。どこかとらえどころがないたたずまいは、一般的に思想を論じたり、実践や運動を語ったりする議論好きな人たちとはまったく異質の印象だ。

おそらくそれは、村瀬さんが、自分の日々の経験を問いたずねて、自分の発見を少しづつ突き固めるようにして考えを作ってきた人だからと思う。書物の中の言葉や概念をスマートに組み合わせたり、実験室のデータの整合性から導いたりした考えとは、まるで違うのだ。

僕は、すでにこの道で大家となって十分すぎる成果をあげている村瀬さんが、現役で考え続けている姿を目の当たりにして、心を動かされた。大井川歩きの背景には、村瀬さんの言葉をヒントにしたことが多くあるけれども、十分に生かし切っても、つきつめてもいない。僕もいつまでもさぼっているわけにはいかない。そう思えた。