大井川通信

大井川あたりの事ども

大井川沿いを「ひさの」まで歩く

朝、家を出る。久々に遠出を考えて、遠くに見える多礼村の里山を目標にしようと思い立つ。大井川の水辺で、イソシギがおしりを振っているのを眺めてから、古民家カフェの村ちゃこに寄ったのが間違いだった。

村の賢人原田さんが難しい顔をして、何やら書をしたためている。店主の小川さんと昨日仲たがいをしてしまい、彼女に渡す手紙を書いているとのこと。そこへ小川さんが入ってきたものだから、わざと陽気にふるまって、あれこれ話すことに。

小川さんの息子さんは、遠方のキリスト教系の農業高校で寮生活を送っていたが、京都の大学を志望しているという。政治学者の白井聡のもとで勉強したいのだそうだ。

へえ、白井聡か。よくそんな名前にたどりついたものだ。すこし以前、今時レーニンの研究で華々しくデビューした若手の登場に、オールド左翼がさかんに喝采を送っていた。『永続敗戦論』は評判ほど良くなかったが、レーニン論はちょっと面白かった。しかし、唯物論者の彼がいくら「物質」を持ち上げても、それは威勢よく他をぶった切るための観念にすぎない。

本当の物質は、大井川沿いの土地みたいにひたすら他を支え続ける土台だ。僕はこの土地を歩き回りながら、原田さんにも小川さんにも、ひろちゃんにも田中好さんにも出会った。たまたま同じ道端に居合わせたくらいの理由で。

結局2時間話し込んでしまい、再び歩きはじめる。暖かい日差しに、ホオジロが季節外れのさえずりを始めた。里山まではもうあきらめないといけない。原則をまげて、帰りはバスを使おうかと弱気になる。

老人ホーム「ひさの」に着くと、さいわい田中好さんがいて、もうじき105歳になる深堀さんの声を聞くことができた。平等寺村で歌が上手いと評判の娘時代のエピソードを絵本にするつもりだったことを思い出す。

お茶の間で、他の5人の入居者の人たちにあいさつをする。県南で名門校の社会科教師をしていた人、山田村で稲作と畜産をしていた人の話が興味深い。

帰り田中さん親子がもいでくれた柿をお土産にいただいて、バスにも乗らずに歩いて帰る。5時間かかったが、歩いたのは2時間もないだろう。