大井川通信

大井川あたりの事ども

『「助けて」と言おう』 奥田知志 2012

著者はホームレス支援を長く続けている牧師。少し前なら、むしろ学生の政治団体SEALsの奥田愛基の父親として、知られていたのかもしれない。地元では昔から有名な人だから、軽い気持ちで、シンポジウムでの講演を聞きに出かけてみた。

最近になって、少し視野をひろげて周囲にかかわるように努めてきた。そうすると、自分よりずっと若い世代の仕事ぶりや社会へのかかわり方に目を開かされることが多かった。彼らは、大げさな社会批判の身振りを見せたり、理念を語ったりしない。しかし、素直に他者や社会につながり、それらの関係を気持ちよくしたい、という感性や思いを持っている。無理に敵をつくらず、自分のやりたいことを、やりたい仲間とひろげていく。仕事や、住む場所についても身軽で、自分の財産や、市場やネットなど既存の仕組みを抵抗なく使いこなす。彼らの姿は、正直、とてもまぶしかったりする。

鈍感な自分が仕事や子育てにかまけている間に、世界はずいぶんかわってしまったんだな、と思う。もちろん、世の中の大きな潮流が厳しい方向に向かっていることも事実だろう。しかし、それに向き合う人々の流儀も、確実に更新されているのだ。

奥田さんは、僕よりほんの少し若い人だが、旧世代に属している。キリスト者として「いのちに意味がある」という理念のもとに、ホームレス支援の徹底した実践を重ねてきた。一人一人との出会いや出来事の意味を真剣に問い続けて、社会に蔓延する自己責任論をしりぞけ、弱い者、傷ついた者、罪ある者同志の共生を求めている。

気さくな風貌の奥田さんだが、その話には圧倒的な迫力があった。手法は、若い世代を先取りするような地道さやていねいさをもっているけれど、背後にある意志や覚悟の重みはやはり異質だろう。たしかに奥田さんがいうとおり、この30年の間に、生産性や効率が絶対の正義にのし上がり、「一人の命は地球より重い」という言葉はすっかり死語になってしまった。それにあらがうためには、柔らかな良心や感性のさらに奥に、歯止めとなる明確な理念の存在と、それを担う意志を持った人間の存在はやはり不可欠なのかもしれない。

講演のあと、教会での話をまとめたこの本を購入した。奥田さんは手慣れた仕草で、「絆は傷を含む」という言葉を書き加える。思わず握手を求めると、笑顔で応じてくれた。