大井川通信

大井川あたりの事ども

教祖の自伝

オウム事件の頃だったと思う。高校生の知り合いがいたのだが、彼は、当時オウムのライバル教団と目されていた教団に入れあげていた。今でもそうだが、出版活動を布教の武器にしている団体だ。

地元の進学校に通っているその若い知人には、何回か直接話したり、手紙を書いたりして、やんわりその教団や、宗教一般の問題点を訴えて、できたら距離をとってほしいと伝えたと思う。彼が現役で東京大学に進学したあとも、連絡をもらったりしたが、結局彼は「信仰」を捨てることなく、そのままになってしまった。

あの真面目で、ちょっと不器用な若者はどうしているだろうか。教団にとっては使い勝手のいい存在だろうから、宗教から離れてはいないかもしれないなどと、時々は思い出してきた。それで、今回ふと、彼の名前をネットで検索してみたのだ。

半ば予想していたことだが、彼の名前は、教団の出版物の中などに見ることができた。どうやら教団関連の学校の教員をしてもいるようだ。それはそれで一貫した生き方だと、ちょっと安心し、感心してしまった。ところで、何年か前に彼の論文が教団で表彰を受けたという情報もネットにはある。しかし、その題名を見て、僕には思うところがあった。

彼とやり取りしている時、僕も教団の基本文献を読んで、そこに大きな穴を見つけた。教祖は、公刊された自伝を書き換えているのだ。初めは、矮小で悩める青年としての自分の経歴を描き、教団が勢力を得た後は、非の打ち所の無いエリートとして経歴を書き換えている。言葉の信頼性というレベルで、これはダメだろう、と彼に話したのだ。僕は、決定的な批判ができたような気がした。彼は、格別こたえたという風でもなかったが、説得力のある反論は聞けなかったと記憶している。

彼の受賞論文は、僕が指摘した書き換え前の自伝を取り上げて、教祖の自伝の宗教的機能を論じたもののようだ。おそらく、矛盾に見えるところに解釈を加え、正当化するような論文なのだろう。教団の学者として、それは必要な作業だろうし、教団からも歓迎される内容なのにちがいない。教義の外にいる者にとっては、何の意味もない神学であったとしても。

おそらく、あのときの小さな「論争」の火種が、彼の心の中で消えずに残っていたのだろう。そう考えて、僕はすこしうれしくなった。