大井川通信

大井川あたりの事ども

クモの話

クモが特別に苦手だという人がいる。以前同僚だった人は、一センチに満たない小さなクモにも逃げ回っていた。子どもの頃好きだった時代劇『素浪人花山大吉』(1969-1970)の中の人気キャラクター渡世人「焼津の半次」もクモが苦手だった。

昆虫好きだった僕も、やはりクモは好きにはなれなかった。特に黄色と黒と赤の原色が毒々しいジョロウグモは、ちょっと不気味だった。

昨年の秋から、職場近くの森でジョロウグモを観察するようになった。初めは森中はびこっていて、憎々しく思えたジョロウグモも、冬が近づくにつれて姿を消していく。12月の終わりにはほとんど目にしなくなった。

ただ風向きや日当たりなど条件のいいところを注意深く見ると、少数ながらジョロウグモは生き延びている。僕が観察している場所では、朝晩の冷え込みが零度を記録するようになった今でも、数匹ががんばっている。

もちろん冬越しの昆虫も多くいるが、葉の裏や地面の中に隠れているだろう。吹きさらしのクモの巣の上は条件が悪い。かつては綺麗な絨毯のように立派だった巣も、今では粗末な縄ばしごみたいになって、かろうじて枝と枝との間に引っかかっている。巣のメンテナンスをする体力も無いのだろうし、もう巣にかかる虫もいないだろう。

ふと見ると、近くの枝に避難して、体力を温存しているクモもいる。巣の真中で固まったようなジョロウグモを、指先でつついてみる。クモはゆっくりと長い足を持ち上げて、なんとか生きているよと合図を返した。