大井川通信

大井川あたりの事ども

ヒラトモ様と「海竜祭の夜」

諸星大二郎妖怪ハンターシリーズ「海竜祭の夜」は、加美島という架空の孤島の祭りが舞台になっている。島には安徳神社があり、浜辺には鳥居が並んでいるが、不思議な事にその鳥居は陸に向わず、カーブを描いて再び海に向いている。

海竜祭は、壇之浦で平家一門とともに八歳で入水して死んだ安徳天皇の鎮魂のための祭りであり、海竜となった天皇の怒りを鎮め、海に返すための祭りだったのだ。祭りの当日には、検校役の村人によって海に向かい平家物語が朗誦される。

シリーズの主人公稗田礼二郎は、島出身の教え子とともに海竜祭に立ち会うが、この年に祭りでは、様々なアクシデントにより安徳様の鎮魂に失敗し、それを「安徳様のお迎え」として受け入れる島民のほとんどを津波とともに滅ぼしてしまう。

ヒラトモ様も、壇之浦で入水した平知盛のゆかりの墓を祀ったものだという伝承がある。僕の調査では、その伝承は明治以降に生まれた新しいものだが、それによって先の大戦中さかんに戦勝祈願が行われた。

しかし、その結果はどうだったか。平知盛の鎮魂には成功せず、日本内外に壊滅的な損害をもたらしてしまったのだ。戦後にヒラトモ様の祭りが途絶えたのは、村人の変わり身の早さによるものばかりとは言えないのかもしれない。知盛の怨念は、敗戦という「お迎え」によって最終的に実現し決着してしまったのだ。

僕は今まで、ヒラトモ様の供養のためにと思い、時々ホコラの前で平家物語の「知盛の最期」を朗読していた。今年の初詣では、怖くてそうしようとは思えなかった。