大井川通信

大井川あたりの事ども

『人新世の「資本論」』 斎藤幸平 2020

コロナ感染症で宿泊療養施設のホテルに隔離された時に持ち込んだ本の一冊。いわずとしれたベストセラー。今時マルクスの研究者の本が売れ続けているというのが不思議だったが、ようやく手に取って一気に読了し、その意味が納得できた。

とても良い本だ。読書会課題図書の大澤真幸の本が不満足だったので、参照されていたこの本を読んでみたのだが、おかげで大澤本がすっかりかすんでしまった。

しっかり自分で考えたことを、何とか相手に伝えようと言葉を尽くしてていねいに語る。こういう当たり前の態度に貫かれている。鬼面人を驚かすようなことを言ったり、まじないのような言葉で人を煙に巻いたりする手法は、かつてはそれなりに効果があったのかもしれないが、今ではまったく古臭く見える。もはや人を動かす力はないと思う。

気候変動の現状とそれへの実際の対応策の評価の部分にかなりの頁を割いている。近い将来、人類の生存が危うくなるような事態が生じるということをていねいに説明して、それを前提として、ではわれわれにどのような進路が可能なのかを論じていく。手の内を全部見せた上での議論だから、公正な印象がある。

それでもマルクスの解釈にこだわり、マルクスの思想を大切にするあたりはかつての左翼の議論の残滓をみるようで、ちょっと微笑ましい。もちろんかつての左翼のようにマルクスの言葉のみを議論の根拠にするようなことはない。

なるほど旧世代には、見田宗介柄谷行人などの議論との共通点が見てとれて、さほど新しいものとは思えないだろう。しかしまっとうな書きぶりは新鮮だ。この本で紹介される海外の議論や運動の動向にも啓発された。