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大井川通信

大井川あたりの事ども

おっさんち

母の見舞いもかねて、帰省する。

隣町の姉のマンションに一泊して、姉と実家まで歩いたとき、小学生の頃通った駄菓子屋があった近辺を通りかかった。帰ってからネットを見ると、バラックの小屋のような店や、店主のおっさんの風貌まで懐かしむ書き込みや記事を見つけることができた。

作業着姿のやせた老人だったおっさんが店をたたんでから、40年はたつだろう。

しかし今でも、店内の壁一面につるされた玩具をありありと思い出すし、それは僕だけではないらしい。店の右奥に座るちょっと威厳すらあるおっさんの姿を描いている人もいて、そうそう、と膝を打った。

死後に残せるのは、自分のために集めたものでなく、他者に与えたものだけだ、という言葉を読んだ記憶がある。

町外れの小さなおっさんの店を思い出すと、本当にそうだな、 と心から思う。

 

 

 

自転車で

父は退職まで、隣町の立川の工場に自転車で通っていた。僕が家を出た後のことになるが、府中の再就職先まで、8年間やはり自転車で通勤したようだ。小学校の頃は、月に一度几帳面な父と一緒に、自転車をピカピカに掃除をするのが習慣だった。

父が定年になった年齢となって、僕の勤務先が住居と同じ市内となり、天気の良い日、思い切って自転車で通勤してみることにした。長男が就職して、彼の自転車が一台空いたという事情もある。おそらく購入してから一度も掃除していない錆びだらけの自転車のペダルをこいで、川沿いをひた走る。父は、立川までおよそ3キロ、府中までは4キロの道のりを住宅街を抜けて走っていた。僕は7キロ近く走らないといけない。上空にはトビが舞い、川面にミサゴが急降下するような、桃源郷のような風景の中を。

夢中の教育論

夢の中で、見知らぬ校長と話をした。大学受験の話題で自分より一歳年少だとわかる。校長は友人との毎週の勉強会も欠かさないという勤勉な人で、さっそく僕は問いかけてみた。今の公教育の問題点は何ですか?・・・常識的な彼の答えに、僕は反論する。現象の説明はそうでしょうが、困難の本質は別にあると思います。それは本来多数の子どもを一人の教師が相手にする、一対多数のコミュニケーションであり、うまくいくほうが不思議ではないでしょうか。しかも、扱いやすい一部の子どもを相手にすればよいのでなく、すべての子どもを対象にしないといけません。

目が覚めて驚いたのは、夢の中にもかかわらず、シラフとほぼ変わらない議論をしていたことだ。夢の中では、事物も言葉もひどくゆがんでいる方が普通なのに。

この一年間、とびきり優秀な若い教師の友人と百通ものメールのやりとりで、教育や学びについての議論を尽くした。上記の教育論は、なんども論議の俎上にかけ、自分の中で納得と確信を深めたものだ。だからこそ、バリアを突破して夢の世界にまで貫通し、そこでも同じ姿を現したのだろう。

理髪店

辞令交付の前日、髪が伸びているのが気になって、夕方、職場近くの「床屋」に思い切って入ってみた。髪を切られるのが苦手で、昔ながらの理髪店でそれも行きつけのところでないとだめだ。職場の地名が店名になっているのも何かの記念になるだろうと、扉を開くと、閑古鳥が鳴いていると思いきや、町はずれの店なのに意外に明るく活気がある。客が多いというわけでなく、家族が多いのだとすぐに気づいた。

髪を切るのはもう老人といっていい主人、髪を洗うのは奥さん、顔を剃るのは娘さん、奥さんと同年配の女性も手伝っていて、孫たちも遊びから帰ってくる。

腕もサービスもよく、もっと早くから来ておけばよかったと後悔した。しかし、この町で働くことはこの先ないだろう。外に出るともう薄暗い。お店の隣には神社があって、鳥居の前で、仕事を終えた娘さんが子供二人を遊ばせている。こちらに気づくと、小さく会釈してくれた。

大井炭鉱

家から歩いて10分ばかりの里山の中に、小規模な炭鉱跡があることは、10年近く以前の聞き取りで知っていた。谷に沿って山に入ると、今は小さな畑地になっているが、周囲にはボタが落ちていたり、赤水がたまっていたりして、かろうじてその痕跡をうかがうことができる。しかし、昔から知る人がいうように、すっかり当時の姿を消してしまっているようだった。

それが、ネットで久しぶりに炭鉱好きの人のブログを開いてみたら、次々と新しい坑口などの遺構を見つけていて、そのコツまでが書いてある。モデルや先達が存在する力は大きいもので、地元の小ヤマをもっと徹底して調べようという気にさせてくれた。

谷にそってさらに数十メートル斜面を上がったところの藪の陰に、ひっそりと坑口は姿を隠していた。幅は2メートル程度、奥には台形に組んだ枠も残っていて、傾斜して地中に向かっているが、底は土砂でふさがれて水が溜まっている。

閉山から60年。創業は10年に満たず、数十人の炭鉱夫が働くだけの規模だったようだが、まぎれもなくこの土地に奥深く刻み付けられた歴史である。坑口は、今開かれたばかりのように生々しかった。

 

卒業式雑感

次男の特別支援高等学校の卒業式に夫婦で出た。大学4年の長男に声をかけると意外にも、式に参加するという。そういえば、次男の中学の卒業式も、家族全員で参加したっけ。神妙に立つ次男を取り囲んで、かかわってくれた中学の先生たちが順番に声をかけてくれたことを思い出す。普通高校の卒業式となると厳格なものだが、次男の高校の卒業式は、先生の涙や謝恩会などもあって、なごやかな雰囲気だった。

今年は、二人の子どもとも学校を卒業して、社会人になる。自分のときもそうだったが、本人にとっては新生活が気がかりで、卒業式など迂遠な儀式に過ぎないかもしれない。しかし、親にとっては、自分たちの子育ての終わりを実感し、納得するための重要な区切りなのだ。

長男の大学の卒業式となると、さらにあっけないものとなるだろうが、やはり顔を出してみようと思う。僕の父親は、卒業式前日に、自分の署名に「曇天寒日大学卒業前日」と書き入れた本をプレゼントしてくれた。長男の卒業式は偶然、僕の卒業式の33年後の同じ日にあたる。長男には、どんな本を贈ることにしようか。

イワツバメ乱舞

国道の高架下の暗がりを車で通り抜けるとき、ツバメの群れが自由自在に飛び回る姿が目に止まった。

近くでみたら、腰に白い帯が目立って、尾羽の短いイワツバメだろう。

彼らの巣は、川をまたぐコンクリート橋梁の下面でよく見かける。

本家のツバメより数週間早く、春の訪れを告げていた。

 

 

 

 

 

 

「演劇」覚書

 

例えば映画なら、ストーリーに反するような事物や撮影機材がスクリーンに映り込むことは、原則ありえないでしょう。しかし、演劇は、反ストーリー的な要素を排除できないし、むしろそういう不純物の現前が演劇の存在意義、立脚点ともいえるわけです。 演出家の岡田利規は、このことを、「役者と役柄の一致」という約束は正視に耐えない嘘だ、という言葉で説明しています。役者と役柄のズレが、むしろ面白いのだと。ところで、僕は、この事態を、記号(舞台)と意味(ストーリー)の二重性と呼びたいわけですが、映画や小説と共通の課題、つまりストーリーに何らかの中心性、求心力を持たせる必要とは別に、そこからはみ出してしまう舞台の側を秩序立てる仕掛けが必要になってきます。それがストーリーとは一見無関係でありながら舞台に存在し続け、舞台を魅力あるものにするゼロ記号の存在であり、優れた演出家は感覚的にそれを巧みに創出し、使いこなしているように思えます。例えば、ある芝居では、それは舞台に林立する竹の棒であり、役者たちは、棒の位置を自在に変えつつ、演じていきます。ゼロ記号は、役者たちが操作する特徴的な舞台装置である場合が多いのですが、もっとシンプルな舞台では、役者たちの特異な動きや発声自体がゼロ記号となって、舞台にリズムを作り、秩序を生み出すこともあります。

カササギのタクト

佐賀平野を住処とするカササギが、確か10年くらい前から、僕の家の近所でも見かけるようになり、今ではすっかり当たり前の鳥になった。ただし、黒白の扇が優雅に舞うような気品のある姿には、どこで出会っても見入ってしまう。

朝自宅の玄関の、葉が落ちてほうきになった欅の木で、カササギがしきりに枝をつついている。すると、50センチばかりの枯れ枝を一本、左右のバランス良くくわえると、住宅の屋根伝いに飛び去っていった。

猫とカラス

通勤では、森の峠道を走るから、タヌキが車に轢かれているのによく出くわす。そのつど、タヌキの家族のことや、魂の抜けた死体がしんと静かなことが、一瞬頭をかすめたりするが、それだけのことだ。

ところが今朝は、猫の礫死体があって、その頭の半分ほどをカラスが引きちぎって食べていた。

僕も黙って近所の里山に入って、頭でも打って命を失ったら、当たり前のようにカラスに食われるのだろうと、思わずゾッとした。