大井川通信

大井川あたりの事ども

訪問とお参り

大学卒業後、初めに就職した会社でのこと。今なら「朝活」とでもいうのだろうか、支店長が部下を集めて、ホテルの一室で朝食を食べながら、勉強会のようなもの開いていた。営業のたたき上げだった支店長は、自分の体験を交えて面白おかしく営業の「極意」を話していた。

飛び込みの営業は敷居が高いものだけれども、相手先の会社に身内や知人が勤めているというだけで、自分は何の関係もないはずなのに、とたんに訪問しやすくなる。そんな話が、妙に印象に残っている。だから、少しでも縁のあるところに率先して訪問しろ、という話だったのだろうか。

今回、Hさんの生まれた村を歩き回ったときも、出身の大先輩を一人知っているというだけで、すっかり親戚気取りで大きな顔をして、土地の人に話しかけることができた。なじみの土地になると、顔見知りが多くなるから、ますます訪問しやすくなる。

ところで、その土地でもっとも位階が高いのは、氏神を筆頭とする神仏だろう。だから、知り合いがまるでいない土地でも、その神仏の名を告げて「お参りさせてください」と暗黙の関係を誇示しさえすれば、土地の人からおろそかにされることはないのだ。 

ミロク山でアサギマダラに出会う

「ひさの」で知り合った大正3年生まれのHさんの生まれ育った村を再訪。

ミロク山の急な山道を息を切らしながら登ると、その先に大きな建物ぐらいの岩が露出していた。岩の前面には地蔵がならんでおり、少しくぼんだところに、江戸時代の元号の刻まれた古い石のホコラがすえられている。長く村人の信仰を集めてきたオダイシサマというのは、ここだろう。Hさんも、若いころには、お参りしたはずだ。旧姓を告げて、Hさんの健康を祈る。すると、山道の脇の白い花に、大柄な蝶が舞い降りてきたのに気づく。白黒のレース模様に赤みの入った羽根のアサギマダラだ。数千キロに及ぶ渡りの途中に出会うのは、この春初めてで、うれしくなる。

山頂はもう少し上なのだが、大岩の脇の斜面をロープを頼りによじのぼらないといけない。断念して降りてくる。集落まで戻ると、小さな土地で畑仕事をしているお年寄りがいる。声をかけると、Hさんのご実家の隣家のお嫁さんで、Hさんのこともご存じだった。ご先祖や村のことなど、興にのったのか、畑の隅の草花の中にちょこんと正座をして話してくださる。ご自分は都会の方からお嫁にきて、はじめはずいぶん淋しい思いをしたそうだ。

村社の境内には、ミロク山の石を祭壇のように置き集めた場所がある。それは、ただしくミロク山の方を向いている。今でも、そこで春に村の「五軒当番」が担当をしてオコモリ(お祭り)をしているそうだ。参拝しやすい場所に遥拝所を作るというのは、クロスミ様も同じなので、少なくとも近隣ではごく普通の発想なのだろう。

 

『壁』 安部公房 1951

たぶん高校生の頃読んで、惹きつけられた作品。およそ40ぶりに再読しても、古びた印象はなかった。なにより、終戦後5、6年という時期に、『飢餓同盟』よりも早く書かれていたという事実に驚く。

同時代を舞台にしていながら、近未来的というか、無時間的だ。壊滅的な戦争の破壊も、それに起因する不条理や無力感も描かれていない。戦前からの共同性の呪縛も、それに基づく湿っぽい悲劇、貧困や差別もにおわされていない。あらたな希望であったはずの、運動や革命の理念による高揚や、集団の力のおぞましさも触れられていない。つまり、『飢餓同盟』の世界には、多かれ少なかれ雪崩れ込んでいるところの、同時代の諸要素が、すっかり遮断されているのだ。

書かれているのは、個人というものに内在する、普遍的なリアリティだ。「S・カルマ氏の犯罪」では、名前の逃亡をきっかけにして、自分が存在すること自体のとらえがたさや不均衡が、他者とのぎくしゃくしたやり取りとともに、自分の内で成長する「荒野」や「壁」という卓抜な比喩でとらえられる。「バベルの塔の狸」では、個人の想像や構想の世界の肥大化を、奇怪な「とらぬ狸」たちの住む「バベルの塔」によって、ユーモラスに描く。「赤い繭」の諸短編には、同時代とのつながりがうかがえるものの、より純度の高い寓話として結晶化されている。

熱く騒がしい世相の中で、それに媚びることなく、このひんやりとした感触の物語を定着させる才能は、今から振り返ると、なおさら見事に思える。この簡潔な寓話を基準としてみると、後年の饒舌な『箱男』などはやはり物足りない。

 

大井川歩きのこと

お年寄りは時間と空間の見当を失いがちになる、という村瀬孝生さんの言葉を聞いてから、ずっとそのことが気になっている。

僕が、大井川歩きのルールを決めたのは、4年前のことだ。自宅から、歩いて帰ってくることのできる範囲を、特別な自分のフィールドとする。もちろん、仕事や生活では、クルマや電車は使うわけだし、それは否定しない。ただ、大井川歩きという活動においては、実際に歩いて帰る、という振る舞いをしばりとする。フィールド内だからといって、5分で車で乗り付けたりしない。2キロ先の場所には、往復2時間かけて歩いて訪ねる。4、5キロ先だと、半日以上かかるから、体力的にもそのあたりが限界になる。

そして、その狭い範囲内については、自分が責任をもつ。山や川といった地形も、そこに住む鳥や動物や植物も、寺社や石仏や古い集落に象徴される過去の人々の営みも、現在の人々の暮らしも、ひとしなみに引き受ける。少なくとも、その気概を持つ。実際のところ、親しみをもって、他人事としない、という程度だけれども。

実際にやってみると、そこが少しも狭くない、ということに気付いた。道ばたで出会って話し込んだ人から、驚くような事実を聞くことができたりもした。土地には多様な自然の営みと、古代から現代にいたる人々の歴史が隠されていた。かつて村落共同体で一生を暮らした人々にとって、歩ける範囲というのが、ほとんど世界のすべてだったはずだ。今では、大井川歩きが、ささやかなライフワークになるという予感がしている。

ところで、村瀬さんの話を聞いて、自分のこのふるまいが、生活拠点を中心とする空間と時間を、具体的に血肉化したいという無意識の欲望に支えられていることに気付いた。中年をすぎて老いを意識するなかで、現代の生活であいまいとなりがちな空間と時間に対する見当識を安定化させたい、という防御本能が働いているのだろう。

たとえば、このブログでも、無意識のうちに作品には必ず年号を振り、作者の生年や没年を書き込んだりしてしまう。どうやら、そのつど時間軸を押さえずにはいられないようだ。

霞が関ビル誕生50年

日本で初めて高さ100メートルを超えた「霞が関ビル」が、この4月で完成から50年を迎えたそうだ。僕がちょうど小学校に入学した年の完成になるが、それならちょうど記憶にあう。

日本で初めての高層ビルのことは、当時たいへんな話題になっていた。東京郊外の国立の街は碁盤の目のような区画だから、南に伸びる通学路を歩くと、東西に走る道との交差点をいくつか渡らないといけない。その一つから西の方角に顔を向けると、道の突き当りに白い大きなビルが見えた。隣町のビルだったけれど、僕は、それを霞が関ビルと思い込んで、毎日見るのを楽しみにしていたのだ。方角は正しいが、数十キロメートル先にある本物が見えるはずはないのに。

なぜ、そんなことを覚えているのだろうか。多分、家族や友達に話して、笑われて恥ずかしい思いをしたか、真相を知ってがっかりしたためだろう。失敗談は、手術中うっかり置き忘れたメスのように体内に残り続ける。

やはり、小学校の低学年の頃、市議会議員選挙で町中が騒然としているとき、宣伝カーを追いかけて候補者の調査をしたことがある。それを得意になって家族にひろうしたのだが、「おだたら・はりく」という名前に、親がひっかかった。

宣伝カーの看板の横書きの平仮名を、逆に読んでしまったのだ。正解は、くりはら・ただお。おそらく、その後何度も家族に笑い話として取り上げられたのだと思う。いまでは、もちろん当時の市議会議員の名前は一人も記憶に残っていない。ただし、「おだたら・はりく」の名前だけは、僕は今後もずっと忘れることはないだろう。

 

ミロク山でサシバが舞う

「ひさの」に入居するHさんからお話をうかがった。Hさんは、大正三年生まれの103歳。Hさんが生まれ育ったのは、数キロメートル離れた近隣の旧村だ。話を聞く前にも、予習として江戸時代の地理書に目を通したり、少し歩いてみたりしていたのだが、実際にお会いすると、土地への思い入れが強くなる。

里山だった丘には、住宅街が切り開かれ、小学校が建っている。田んぼには、ショッピングモールが隣接し、村の中心には、新しい車道が横切っている。それでも、神社や古い屋敷や地図を手掛かりに、五感を開き、かつての村を二重写しにするようにして、ゆっくり歩く。

昔温泉があったという湯ノ浦という場所を、地図と地形をたよりに探す。Hさんの若いころにも、田んぼの脇で、冬には水が温かかったという。造成地のすぐ下に、炭鉱跡で見かけるような赤水が出ている水路があって、そのあたりではないかと推理する。

ミロク山は、村の正面からは、きれいな逆三角形のシルエットが美しい。やはり信仰の対象となる山は、姿形も重要なのだろう。山の脇を上っていくと、人気のない中腹に、神池という名のため池がある。上空では、二羽のスマートなタカが、大きく円を描いて飛びながら、何度も鋭い鳴き声を谷に響かせている。百年前からの、いやもっとずっと以前からの景色のような気がした。

僕の聞きなしでは、「きっ、うーい」「きっ、うーい」、耳にしたことのない特徴のある鳴き声だ。帰ってから調べると、サシバだった。秋の渡りで有名なタカだが、もっともよく声を出す種類らしい。猛禽類の特定は難しいので、それができたのは嬉しかった。

 

『だるまちゃんとかまどんちゃん』 加古里子 2018

加古里子(1926-)が50年にわたって書き継いでいるだるまちゃんシリーズの最新作3冊の内の一つ。僕自身の幼児期にはまだ書かれていなかったが、息子たち二人はまちがいなくお世話になった。

だるまちゃんの不思議な友達は、火の守り神「かまど神」をモチーフにしたかまどんちゃん。だるまちゃんは、隣町の商店街のうらの空き地で、女の子たちのままごと遊びにいれてもらう。「ござ」のすみっこに座ったかまどんちゃんに美味しい食べ物をつくってもらうが、その時「なべやさん」から火事が出て、かまどんちゃんの活躍で火を消すことができた。大人たちがお礼を言おうとすると、かまどんちゃんは恥ずかしいのか隠れてしまう。

傘屋や染物屋や鍋屋が並ぶ商店街の様子も、その空き地にゴザを敷いてママゴトをする女の子たちの姿も、戦前からせいぜい昭和30年代くらいまでの時代を反映しているようだ。意図してそうしているのではないだろうが、90歳を超えた加古さんは、現代の読み手の幼児たちの実際の生活などおかまいなしに、自分の感覚で、だるまちゃんの世界を造形する。それでいいのだと思うし、それがすがすがしくもある。

僕の同世代で早世したコラムニストのナンシー関(1962-2002)が、晩年、といってもまだ30代だったけれども、だいたいこんな事を言っていたのが印象に残っている。以前は、自分が感じたり考えたりすることが、時代の中心にあることを疑っていなかったが、それがズレてきたのを感じると。

時間の感覚がズレていく、というのは(村瀬孝生さんがお年寄りの呆けに関して言う通りに)人間にとってごく自然な過程なのだと思う。僕が書くものも、若い人が読めば、ずいぶんと古臭い文体や感覚や話題に思われるだろう。しかし、最新、最先端の時間だけがすばらしいわけでも、それだけで世界が成り立っているわけでもない。自分がもつ時間を手探りで押し広げていく以外に、人が生きる術はないのだと思う。

『潰れかけたホテル・旅館を半年で再生する方法』 中山永次郎 2013

以前、仕事で使った本。必要があって、ざっと再読してみた。

トルストイの小説に、「幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある」という有名な言葉がある。しかし、著者によると、全国の行き詰っているホテル・旅館の「不幸な形」は「どれもみな同じ」であり、だからこそ再生のための有効な処方箋がある、という。確実な対処法があるからこそ、短期間での再建が可能というわけだ。

その「不幸な形」とは、ざっとこんなものだ。経営者と現場、各部門の間で情報共有ができていない。食材の棚卸ができておらず、仕入れに無駄が多くて、原価率が跳ね上がっている。エージェントによる低価格ツアーの引き受けや、土産物販売などの過去のビジネスモデルに引きずられて、収益性が極端に低くなっている。

そうすると、対処法は、情報の共有化と、仕入れの改善による原価率の引き下げ、収益が見込めるビジネスモデルへの転換ということになる。著者のような経験のあるコンサルタントならば、即座に有効なメスを入れることができるのだろう。

ところで、 まったくの余談になるが、なぜ家族の「不幸な形」は様々なのに、ホテル等の「不幸の形」は一様なのだろうか。それは、家族の目的と幸せは、ただ存在することにあるのに、企業体の存在意義は、社会から求められて収益を上げることにあるからだろう。収益に失敗するポイントは、同業種ではほぼ同一になる。しかし、家族のあり方にほころびが生じる点は、家族に応じて無数にあるというわけだ。

 

『ハードカバー 黒衣の使者』 ティボー・タカクス 1988

若いころ、ホラー映画のビデオばかり見ている時期があった。現実逃避の時間つぶしだったような気がするが、なんとなく忘れがたい作品もある。家族にこの作品をリクエストされたので、埃をかぶったVHSのテープと再生機を取り出してきて、久しぶりに観た。

主人公を演じるジェニー・ライトが美しく、ゴシックホラー調の映像の雰囲気もとてもいい。また、古本と古書店の物語でもあると、あらためて気づいた。主人公は、大きな古書店に勤めていて、仕入れた古書の中から、無名の作家のホラー小説を見つけて引き込まれる。それは悪魔のような生き物を作り出したり、自身を切り刻んだりする怪人物の物語なのだが、作者の創作ではなく、ノンフィクションと注記されていた。やがて、物語の中の怪人が、実際に彼女の目の前に現れて人殺しを始める。

彼女が本を開く場面に続けて、唐突にホラー小説の場面が現れる。そこでは読み手である彼女が小説の中の主人公を演じている。主人公が怪人に襲われて絶体絶命のピンチに陥った時、場面は再び、彼女が本を読む場面に切り替わる。とてもシンプルな切り替えと並列なのだが、これだけで、主人公の読書体験を観る者に説明できることが面白かった。現実と小説の世界をこんな風に並べることができるのであれば、この作品のように、二つの世界の住人を平行移動させてごちゃまぜにすることも可能だろう。小説にのめり込むことで、主人公はこの世界にとんでもない悪意と不幸を引きずり出してしまったのだ。

小説の読書というのは、ありふれているけれども、とても不思議な体験だと思う。それを映画や演劇で再現しようとすると、とても高度な手法や訓練が必要になったりする。現代では、そのためのデジタル技術の発達が目覚ましい。しかし、そういうものをはぎ取っていくと、物語を読むことの原型に近づけるような気がする。それはおそらく、この世界で生きることの秘密、を問うことに等しいだろう。

彼女の住むアパートの向かいのビルにピアノの修理店があって、彼女は毎晩、遅くまで明かりをつけて作業する調律師を何気なく見下ろしている。いったいなんの暗示だろう。すると、ある晩、小説の怪人が調律師を襲って殺し、彼女が窓からそれを目撃することになる。どこか懐かしい、悪夢のようなシーンだ。

 

カシパンとトビ

今の時期の浜辺には、海流の関係か、様々なものが打ち上げられる。製造年月日が先月の真新しいハングル文字の飲料ペットボトルが転がっている。先日ミサゴが、海面から獲物のダツをつかみあげる場面を目撃したが、ワニのような口のダツの頭だけが落ちている。ミサゴが食べ残したものだろうか。

平べったい円形のウニの仲間であるカシパンの殻をひろう。命名の由来は、やはり菓子パンに似ているかららしい。割れていないのは珍しいので、そっとハンカチに包む。

河口の上空では、一羽のミサゴが、強い海風に向かって、ホバリングをしている。ヒバリかと思うくらい、長い時間、一カ所から動かない。羽ばたきと滑空の姿勢を繰り返しながら、眼光は水面に注がれている。そのあたりの浅瀬には、獲物をねらうシラサギも立っているから、魚の影が見えるのだろう。

双眼鏡を夢中でのぞいていると、不意に耳元に、バサッという大きな羽音と風圧を感じて驚かされた。トビが頭をかすめたのだ。実は、先ほどのカシパンの殻を包んだハンカチをしっかり手に握ったまま、双眼鏡を構えていたのだ。人間の手元にある包みには、たいてい食べ物があると知っているのだろう。残念ながら、菓子パンならぬカシパンの殻しか入っていない。直前であきらめて飛び去ったとみえる。

人間がトンビに油揚げをさらわれるのは、大昔からだろうが、実際に自分が狙われたのは初めてだ。ミサゴばかり注目しないで、こちらの方も、ということか。