大井川通信

大井川あたりの事ども

如来田の道元

仕事の関係で、山間の禅寺を訪ねる。如来の田という美しい名前の土地で、700年以上の歴史をもつお寺だ。古びた石仏が並ぶ境内の隅には、コンクリート製の代替梵鐘が置かれている。戦時中、武器生産のため釣鐘が供出されたあと、木造の鐘楼がぐらつかないようにつりさげられたものだ。静かな山中にも戦争の爪痕は残されている。

住職はまだ青年の面影が残っていて、学問をしている人だった。こちらが背伸びして、なけなしの知識で質問をすると、気取らずに受け答えしてくれる。言葉の端々に道元への畏敬の念がうかがえた。今でも読むと、鳥肌がたつ、と。

僕の父親は、戦中派の文学青年で、道元を尊敬し、書棚に難解な主著を並べていた時もあった。永平寺にあこがれていて、僕が家を出てから、念願の参拝を果たしたらしい。その影響からか、僕もいつか道元を読んでみたい思いがあった。別れ際に、ぜひ読んでみて、またお話を伺いたいとお礼を言うと、住職は、あんまり勉強されたら困ります、と冗談で返した。